非道
「――ロッド、俺の席次を知っているか」
棺に巻きついた鎖が、激しい音を立てて加速する。棺を締めつけたまま地面を走った鎖が魔法陣を描き、唸るような低い声が響いた瞬間、それは青い光を放って発動した。
「――第七席だ」
青く輝いた魔法陣が粉々に砕け、光の欠片となって降り注ぐ。パラパラと落ちていくそれを眺めながら、ロッドは椅子に座ったまま両手を組んだ。
「知っているとも。しかし……リゼットのおかげだろう?」
「俺はそこに値しねぇってか。こんなちゃちな魔法を使うなんてよ」
「人一人を拘束するには十分だろう。私はお前も、リゼットも研究したい。ルールは、人を傀儡化してはならない。だが、傀儡になってしまった者を観察することは……問題ではない」
ロッドは背もたれにだらしなく身を預け、足を机の上に乗せた。ペンを回しながら、彼はセリウスの魔法について語る。
「現代魔法術式を旧魔法術式と同じように機能させるというお前の研究。私は小馬鹿にしていた。今もそうだ。鎖に刻まれた魔法術式、棺に刻まれた魔法術式。何重にも重ねる方式。所詮はリソースの分散でしかない」
「ならてめぇはなんで俺の魔法術式を模倣した」
「お前に罪をなすりつけられるからだ。時折リゼットに似せた者に人を襲わせたりもした。時間稼ぎもバカな学生を騙して実験することも容易だった。糧にしてもらったことを感謝してほしいくらいだ」
パリンッ……と音を立て、液体に沈んでいた何かがひとりでに地面へ落ちた。気持ちの悪い音を立てながら、それはぐちゅぐちゅと人の形を作り上げていく。やがて、人形になった。
人形はゆっくりとセリウスへ近づいていく。ヒタッ……ヒタッ……と、水気を含んだ足音が響く。セリウスは見向きもせず、その頭をいとも簡単に握りつぶした。
「なんのマネだ」
「一体、殺したな」
ロッドは表情を変えることはない。ただ見下すようにセリウスを眺めるだけ。
「私は研究をした。魔法術式によって生み出される傀儡の集団。しかし、物量ではあまりにも非力だ。どんなに数が多くても一体一体がゴミのように弱い。いくつか方法はあった。試していくうちに思ったのだよ。なぜ人でなければならないのか。もし『最強種の軍団を作れたら』とそう思った」
パリン、パリンッ……と液体の入ったガラスが再び割れる。しかし今度は近づいては来ない。
「私一人では実現はできなかった。相応に魔力のある者。私はアフェイスと協力し、貴族をさらい始めた。だが……アフェイス側がギルドの警戒を強め、見つかるようになった。だから私は……二つの魔法術式が刻まれた黒い本を売りさばくことにした。競争社会である学院には、喜んでそれを買う者がいるだろう」
また、割れる。一つ、また一つ。
「回収はできなかったが、一つの本がギガスを生んだ。その中身を私は覚えている。それを元にドラゴンの禁忌の書を作った。それは今、アフェイスのボスの手にある。彼らは金があればいい。彼らの目的など知らない。金さえ払えば研究材料を用意する。それで十分だ。後は王族の能力の量産も計画の内だ。破滅の獣と一斉オートマトン化という混乱の最中で仮面の王女を連れ去るはずだ。さて、誰もが王族の力を手にすれば……どんな社会が生まれるだろうか?」
恍惚とした表情で天を見上げる。まるで、研究を成し遂げた幸福を噛みしめているようだった。セリウスは吐き捨てた。
「アフェイスのボスなら、今頃死んでるだろうけどな」
「それはない。ドラゴンが、そう簡単に倒されてたまるか」
「いや、死んでいる。てめぇが作ったドラゴンよりも強いやつがいたんだろうよ」
「……それが本当だとしよう。だが十体居たとしたら? ボスが死んだとしても代わりはいくらでもいるんだよ」
作り上げられた人形たちが動き始める。とても遅い。まるで――攻撃する意思がないかのようだ。セリウスは薄暗い部屋の中で、人形たちを破壊しようと拳を振り上げた。
だが、その手が止まった。
口を開けたまま、呆気に取られたように硬直する。振り上げた握りこぶしは行き場を失い、ゆっくりと落ちていった。
「お前。お前は……お前はァッ!!」
「騒ぐなよ。ただの死体だろ? 所詮は死んだ身内」
セリウスが一歩引いた。最初に潰してしまったオートマトンへ目を向ける。ロッドは淡々と呟いた。
「君の妹だ」
セリウスの目から、光が消える。
私は、言葉を失った。薄暗いこの部屋も、あの魔法陣の光も、足音も。最初の一体だけ近づけたことも……
ロッドは止まることなく、淡々と話し続けた。
「君の母も父も、使用人も、幼馴染も。もちろん、私の家族も例外ではない。今の当主も、命令通り当主のフリをしてくれている」
「……ルールは」
降ろされた拳が怒りに震え、血は地面へと滴り落ちる。
「ルールは人を傀儡に変えなければ良い。殺すことはタブーではない。死んだものを素材に生きていないオートマトンを作った。お前とは違う」
私は、彼の代わりにその者たちを殺そうと、影から出ようとした。その瞬間、脳裏に彼の言葉が過った。
――手を出すな。
私がためらった一瞬の間に、残骸の雨が降った。すべてを貫いた鎖に、血がつくことはない。本当に死体を使っているだけで、血は通っていなかった。
「なぜ、こんなことをした」
「身近な研究材料だったからだ。元々は君たちもそうなるはずだった。しかし、お前が死にゆく運命のリゼットを傀儡へと変えたせいで、お前は勘当されてしまった。素晴らしいとは言っておこう。生きたまま傀儡にするのは難しい」
「リズ……」
「安心しろ。お前が妹を殺したわけじゃない」
「妹は、リゼットが傀儡になってしまっても唯一喜んでくれた」
「それで?」
セリウスは吐き捨てるように言った。
「倫理観のぶっ壊れたクソ野郎が」
「褒め言葉として受け取っておこう」
「テメェを――地獄に落とす」
棺の中から、ノックが聞こえた。




