もう一人の黒幕
――エルワース王国郊外の地下通路。私はフラン達を、後から来たガルバス達に任せ、一人で地下通路を進んでいた。
「本当はあの子達を見守りたかったけれど……」
結果がどうなるかは、誰にも分からない。龍の姿になったせいで、私の体に残った魔力は少ない。影を大きく広げて彼を探すのは難しかった。
それに、もう行動に移してしまったかもしれない。
「確か最初に会って、彼がその後に追手から逃げた方向は……って、長い時間が経っているのだから当てにはならないわね」
……はぁ、少し賭けだけれど、影を薄く伸ばして彼の魔力だけを探知しましょうか。
私の影が、細く薄く地下通路へ伸びていく。目的は第七席のセリウス。巧妙に隠れていたら見つけられないわ。入り組んだ通路へ伸びた影の先で、微かな反応が返ってきた。
「うっ……遠いわね。動いていないからいいけれど」
私は、ふらつく足取りで地下通路を進んだ。靴の擦れる音が、共鳴するように響いていく。彼へ通じる影だけを足元に残し、その跡を辿った。
「歩くのは……もう辛いわね」
足から力が抜け、ゆっくりと影へ沈んでいく。影の世界に――落ちていく。
――棺が擦れながら地面に置かれる。キズ一つないのは、魔法術式のおかげなのかしら。鎖のぶつかり合う金属の音が虚しくこだまする。
セリウスは重く息を吐き、その場に腰を下ろした。
「リゼット、起きてるか」
「……」
「寝てるのか」
彼は深くため息をつく。めんどくせぇと呟きながら天井を見上げる。
「いるのか」
私は返事をしなかった。影を伸ばした時点で、彼には勘付かれていたのでしょうね。けれど、見つかっても構わないと思っていた。
「手出しするなよ」
そんな体力は残っていないわ。返事をする力さえない私は、影に揺られながら震える自分の手を見つめた。私は、本当に龍の血を持っている。龍と吸血鬼が異質であることくらいは分かる。けれど今は……頭を使いたくはない。
そのとき、エリスの言葉を思い出した。リゼットは死んでいるはずの存在。それでも生きている。まるで蝋で固めたように腐らない体。けれど、その質感も肌の色も血の流れも、人と遜色ない。
模したのか……あるいは――禁忌か。
数分、息をついた彼はまた歩き出した。背中に乗せた棺は一言も喋らない。寝ているのかしら。昼はいつも――寝ていると言っていたわね。なら、もうすぐ起きるのかしら。日は静かに、傾き始めているのだから。
それからも、彼は長い時間歩き続けた。向かっているのは、おそらく傀儡の貴族の次期当主――黒幕のもとでしょう。時折、彼はなぜか私に話しかける。
「そっちはどうだった。まぁ、俺のとこにくるってこたぁ済ませたんだろうな。わざわざ見に来るなんざ、悪趣味だな。見たこと聞いたこと、すべて胸の内にしまっておけよ」
言わないわよ。誰かの秘密を勝手に覗き込むんだもの。それを話すなんてはしたないこと、私はしないわ。
「俺はお前を引っ張り出す手段がねぇからな」
出来たとしても、する気なんかないでしょうに。殺意も敵意も感じないから。
――彼は足を止める。行き止まりに向かって手を重ねると、魔法術式が浮かび上がった。マーカスのように術式で開けるのだと思った瞬間、彼は壁を力強く蹴り込んだ。
壁はいとも簡単に破壊され、粉々になる。壊された先には薄暗い通路が続き、その突き当たりに部屋の扉があった。魔石が、時折ぼんやりと明滅している。
彼が腐った木材のような扉に手を掛ける。意外にも魔法術式は施されておらず、古びた音と共に扉が開かれた。中はかなり広いけれど、薄暗い。
中央の重厚な机では、メガネの青年が何かを書いていた。白髪の混じった髪。目元には濃いクマができている。
奥では、何かの魔法術式が常に稼働しているみたい。うっすらと見える部屋の隅には、人一人を寝かせられるほどの台や、何かが液体に浸かった透明な筒がある。他にも怪しげなものが散乱していた。
机の上の紙も雑多で、床にも大量の紙が落ちている。
「よぉ、ロッド。お前が俺の魔法術式を使うとは思わなかったぜ」
次期当主の名を呼ばれても、ロッドは手を止めなかった。棺を背負ったまま、セリウスは続けて話しかけた。
「お前は過去からずっと、俺の魔法術式を否定してきた。違うか?」
「……分家は黙っていろ」
怒るでもなく、ただ淡々とロッドは呟いた。セリウスは返事の代わりに、背負っていた棺をそっと床へ置いた。
――ほんの数分。お互いに口を閉じていた。動きを止めたロッドがため息をつく。まるで区切りがついたかのように。
「よくここが見つけられたね。分家」
「名前も忘れたのか」
「覚えているとも。だが、呼ぶ価値があるのか? 触れてはならない領域に踏み込んだお前を、名で呼ぶ価値があるのか?」
セリウスの指先がわずかに動いた。彼はため息をつき、口を開く。
「家族の命より、ルールか」
「当然のことだよ。リゼットはただ意味もなく死ぬ運命だった。それだけだ。そうだろう? 分家であり、我ら本家の執事であったセリウス。細かったその体は随分とたくましくなったようだ。棺が重いか?」
「守り通すためだ」
「そうか、お前は――リゼットに身の程知らずにも惚れていたものな。自分の手の中に収まってさぞかし嬉しいだろう?」
セリウスの殺気を、私は初めて感じ取った。空気が揺れるほどの魔力の循環。それでもロッドは薄ら笑いを続けた。
「リゼットは病に蝕まれ、やせ細った。咳はひどくなり、そして魔力を循環させられなくなり――心臓が止まるはずだった。その人として定められた結末を――お前は捻じ曲げた」
――部屋中が一気に光り輝く。眩しく青色に光る魔法陣がセリウスを照らしていた。




