↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

69/94

不完全な世界

 イルナちゃんが鋭い龍の瞳を、組織のボスへと向ける。放射されていた火炎が、先端から順に形を失い、爆散していく。


 炎を失った組織のボスは、口を開けたまま大きな片足を、後ろへ下げた。


「私ね。龍の姿になるのは初めてなの。ずっと魔力が足りなかったから」


 背筋がゾッとした。言葉を吐くだけで、心臓を掴まれたように萎縮してしまう。


「だから――手加減できなかったらごめんなさいね」


 組織のボスが声を荒げる。


「龍よ!! 悔しくないのか……! 我らは人に押しのけられ、血を舐めさせられた! 突如として世界は人のものとなった。資源もない大陸へと詰め込まれた……!! お前達龍も同じだろう!」


 下げていた足を前に出して熱弁する。その鈎爪を胸に当て、叫ぶ。


「ギガスも、龍も、本来は頂点に立つべき存在だ! 今こそ……その力をもって我々は、本来の立場を取り戻す時だ……! 違うか、龍よ!!」


 イルナちゃんの言葉は冷たかった。


「どうでもいいわ」


「……は?」


 理解できないという様子だった。口ぶりから、彼は十二の貴族との戦いの渦中にいたのかもしれない。あるいは家族か。鋭いキバをこすり合わせ、大きく手を振り払った。


「なぜだっ!! なぜ、そんな……!」


「知らないのよ。世界に何があったか体験していないもの。龍の仲間がいるわけでもない。同胞? 知らないわ。私の大切な人たちはみんな――ここにいるの。種ではなく、私の腕の中にいるのよ。だからお門違いよ。私は誰かに住処を奪われたわけではないわ。最初からないの。あるのは居場所だけ」


「……人間が憎くないのか。人外であれば、同じ境遇に置かれたことがあるはずだ」



 ――昔は、そうだったらしい。人でないものは……獣人も例外じゃなかった。


「そうね。憎いわ」


「ならなぜっ!」


「私が憎いと思っていた人たちは、もういないわ。それ以上にね、幸せをもらっちゃったのよ。教えてもらった。だから――私の天秤は人を愛することに傾いているのよ」


「……ドラゴニック・ラース!!」


 魔力が回復したのか、組織のボスはその手を天に掲げた。あの赤黒い球体が、風圧を巻き起こしながら空を覆うほどに膨れ上がっていく。


「ふざけるなふざけるなふざけるなっ!! いなくなったからいいだと……!! 死んだからいいだと。我のこの心にはっ!! 苦痛が蠢いている!! この怒りはっ、復讐はっ、誰に向ければいいというのだッ!」



「知らないわよ」


 イルナちゃんが片手を前へと突き出した。


「――ソラリス・ラース」


 私は短い悲鳴を上げて、口元を隠した。巨大な白銀の剣が天から降り落ち、ドラゴニック・ラースを貫く。そのまま組織のボスの腕を串刺しにした。


「ガァァァアア!!」


 ドラゴンの悲鳴が、全身を震わせるような振動となって響く。イルナちゃんは、その絶叫にも動じず冷静な声で告げた。


「おこがましいわよ、偽物。太陽を模すのなら――落とすわ」


 苦悶の表情を浮かべながら、組織のボスは無理やり腕を引きちぎった。傷口は即座に再生したが、彼は肩で荒く息をしている。


「終わってたまるか……どれだけの長い年月を費やしてきたと思っている。もう少しだ。あと少しで……!」


「どれだけ、その模造品を集めても意味はないわ。あなたは――弱いもの」


 組織のボスの動きが止まる。


「弱い……だと」


 天高く佇むイルナちゃんを見上げながら、乾いた笑いを漏らした。


「ハッ……ハハッ……ハハハハ!」


 両手を地面につけて、呟く。


「終わりか。我は何のために。意味もなく。我は――」


 突然、組織のボスの背中から魔力が噴き出し、そのまま爆発した。


「ならば、せめて……復讐の対象を変えてやろう。裏切り者……そして、エルワースの血筋よ!」


 その鈎爪を地面へと深く突き立てる。吹き出した魔力が口元へと集まり、血走った目が私を捉えた。私は思わず、つばをゴクリと飲み込んだ。


 次の瞬間、赤黒い火炎砲が轟音を響かせながら、私たちの頭上を覆うほどの大きさで迫ってきた。イルナちゃんが呟いた。


「少し、試させてもらおうかしら」



 まるで、時間が止まったみたいだった。世界が……とても白い。迫っていた火炎は、打ち消されたように消えている。


「禁忌階梯魔法――アルバ・フィーニス・ノヴァ」


 何も……ない。土の感触も、その土さえも消えている。そこには私たちがいるだけで、音も何も――聞こえない。それが怖い。組織のボスは圧倒されたのか、ただ――見上げているだけだった。


 そして、静かに俯いた。本当の終わりを察したかのように。


「あぁ――終わりか」


「――終焉よ」


 まばゆい光の線が一瞬、組織のボスを貫いた。次の瞬間、目を開けていられないほどの光に襲われた。私は目を強く瞑り、動く方の手で目元を覆った。それでも瞼の裏は、白い光を映していた。


「ん……」


 私はゆっくりと目を開ける。少しずつ、元の世界が見えてくる。パチパチと瞬きをしながら周囲を確認すると、指先に土の感触が戻っていた。指が土を擦る音もする。静かだけど、あの世界とは違う静けさだった。


 組織のボスの方へと目を向ける。そこにあったのは、白く積み重なった灰燼だった。すぐそばで、イルナちゃんが立っている。


「イルナちゃ……」


 イルナちゃんは、ぺたんっ……と地面に座り込む。


「さすがに疲れたわ。とても……疲れた。やっぱり難しいわね。私の禁忌階梯魔法は未完成だったわ。範囲も、効力も、終わり方も……まだ足りないわね。禁忌階梯とは呼べても、こんなの真似事かしらね」


 私はイルナちゃんに近づいた。


「ありがと……イルナちゃん」


 私の胸に、イルナちゃんの頭を乗せる。


「……柔らかい」


 頬が熱くなる。


 私は、灰燼に目を向けた。小さな声で、ごめんなさいと謝った。どうしてそう言ってしまったのか、私には分からなかった。


「あっ……イルナちゃん。傀儡の貴族が……どうしよ。えっと、えっとね。黒幕で、あっ、組織のボスも黒幕だけど、それでっ」


 いろいろ言わなきゃいけないことはあった。どうしてこんなことになったのか。でも頭が混乱してる。


 優しいイルナちゃんの声が、その混乱を止めてくれた。


「……大丈夫よ。少し休んだら行くわ」


「でもっ……イルナちゃん、すごく疲れてるし、私も魔力あげられる量が……」


「大丈夫。私は見るだけだから」


「え?」


「適任がいるの。組織の方も大丈夫よ。ガルバス達が向かっているから」


 イルナちゃんは太陽を見ながら呟く。


「お腹空いたわ」


 私はおかしくなって、笑ってしまった。


「あはっ、あははっ! イルナちゃん、こんな時にごはん食べたくなっちゃったの?」


 私はイルナちゃんをぎゅっと抱きしめる。


「終わったら……いっぱいたべよーね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。