太陽
力なく座っている私に、エリスちゃんの血を口の端から垂らすイルナちゃんが近づいてくる。私は目を伏せ、視線を逸らした。クローネちゃんとキスをしてから、こういうことを、なんとなく意識してしまうようになった。
だから、恥ずかしい。
緊張しながらもそっと私はシャツのボタンを一つ、片手で外した。首筋を晒して唇をつぐんだ。イルナちゃんの温かい息が私の首に触れると、ピクッて体が勝手に跳ねた。驚いたのか、それとも何かを感じたのか。それは分からない。
イルナちゃんの柔らかな唇が首筋に触れる。
「あっ……」
私は情けない声を漏らす。ガリッ……牙が肌に食い込み、鋭い痛みが走った。耳元から聞こえる血を吸い取る音が、とても近い。吸い付かれた瞬間、痛みは快楽に変わっていた。
「ん……イルナ、ちゃん……」
どこか怖かった。いけないことをしているような気持ちになる。でも、我慢しないと。体が勝手に震え、息が荒くなる。目を開けていられなくなって、ギュッ……と瞼を閉じた。
抱きしめたくなって、イルナちゃんを動く方の腕で抱き寄せる。私の大きな胸が押しつぶされる。首筋から、私の魔力が吸い取られていくのが分かる。
「んっ……ぁ」
イルナちゃんを抱きしめる手が震える。ううん、全身が震えてる。何もかも抜き取られるような、不思議な感覚。
私は薄目を開けた。イルナちゃんの銀色の髪が、太陽の光を受けて輝いている。こうして抱きしめていると、すごく華奢だ。いつもは悠然としていて、かっこよくて、頼りになるのに。かわいい。
そう思った瞬間、大きく腰が跳ねた。見られたくなくて、自然と俯く。
いろんな音が聞こえる。ラビがドラゴンを翻弄し続けている。でも、決め手に欠けるのか、そこから先へは進めていない。
クローネちゃんは両足を大きく開いて踏ん張り、太ももに力を込めながら、弱々しく片手を少し上げている。ポタポタと、たくさんの汗が落ちていくのが見える。
クローネちゃん、ラビ。私、少しは役に立ってるかな。王族の能力、何一つないけど……頑張れてるかな。
また、腰が跳ねた。太ももでイルナちゃんを挟むようにしながら、足が勝手に暴れる。地面をこすりながら、漏れる声を我慢する。
「……ん、はぁっ……」
もう……
私の目が、上を向く。もう何を見ているのかも分からない。視界が一気に白く染まった。
「――!」
ガクガクと足を震わせ、イルナちゃんの背中に、動く方の手で指を強く押し付けてしまう。コントロールできない。
「はぁっ、はぁっ――! んっ……あっ」
息は荒くて、整えられない。心地良い。吸い出されたのに、なぜか満たされてる。次第に私から力が抜けた。
イルナちゃんがそっと私の体を支え、ゆっくりと寝かせてくれた。太ももが濡れてる。バレてるかな……
「フラン。ありがとう。よく頑張ってくれたわ。後は私に任せなさい」
「うん……お願い」
「ふふっ。可愛らしい反応だったわ。その痕もね」
「~~~ッ!」
「恥ずかしがっちゃって可愛らしいわ。羞恥があるのはとてもいいことよ。そそられるもの」
そう言って、私に背を向けながら歩いていく。クローネちゃんの頭を優しく撫でてから呟いた。
「あなたも。本当に――強くなったわね」
「損な役回りよ。みんな気持ちよくなって、私はボロボロ」
「あとで相手してあげるわ」
「ちがっ……そう、いうのじゃ……」
クローネちゃんは力が抜けたように、イルナちゃんの腕の中へ倒れ込んだ。イルナちゃんはその体を抱きとめる。
「そこのウサギさん。私も巻き込まれたら困るの。今から私がドラゴンになるわ」
ラビは攻撃の手を止め、イルナちゃんへ顔を向けた。黒い体が陽炎のように揺らめき、その輪郭が薄れていく。消える直前まで、ラビは私を見ていた。
「ありがとう、ラビ。手伝ってくれたんだね」
ラビが私のことをどう思ってるか、本当は分からなかった。もしかしたら迷惑しているのかもしれない。閉じ込めた一族の仇と思っているかもしれない。
でも、少なくとも今は……そうじゃないと思えた。それがすごく嬉しい。
「また――会いに行くね」
ラビが消える瞬間、笑っているような気がした。
ドラゴンが唸り声を上げながら、無闇矢鱈に攻撃を繰り返している。まだ鏡の世界が消えたことに気づいていないんだ。
イルナちゃんの体に影が纏わりついた。影は球体のように膨らみ、見上げるほどに大きく広がっていく。やがてその中心から長い首が伸び、巨大な翼と爪を備えた輪郭が浮かび上がった。
影が流れ落ちる。そこに立っていたのは、太陽のように輝く銀の鱗を持つドラゴンだった。翼が一度羽ばたいただけで風が吹き荒れ、周囲の空気が嵐のように震える。
――まるで格が違う。組織のボスのドラゴンから感じた恐怖とは異質だった。私が感じたのは、畏れ。この世のものとは思えない存在感だった。
ドラゴンとなった組織のボスは、イルナちゃんを見上げたまま動きを止めていた。一瞬、戦うことさえ忘れたように見える。
「ドラゴン……だと。なんだその姿は、なぜ――我の頭上にいる」
けれど彼は、すぐさま火炎をイルナちゃんへ浴びせた。炎が銀の鱗を包み込む。それでもイルナちゃんは微動だにせず、炎の中で空の太陽を見上げていた。
「今日は――太陽が近いわね」
その言葉の意味は、私には分からなかった。ただ、炎に包まれたままのイルナちゃんが、あまりにも静かに呟いたことだけが、不気味なほど印象に残った。




