鏡の世界の王
私を第零席にすると言って以来、クローネちゃんは第三段階の重力魔法をずっと練習してた。その決意を宿した目で、クローネちゃんはドラゴンを睨みつける。
「かかって来なさいよ。私が相手してあげるから」
「威勢がいいものだな。禁忌の書でドラゴンへと変わった我に対し、強気に出られるのは十二の貴族ゆえか?」
羽ばたくドラゴンが右手に魔力を溜め込む。グッと力を込め、ボールを投げるように魔力の塊を軽く振り抜いた。
音速で飛んだ魔力の塊が、軌道上の廃家を次々と吹き飛ばしながら、私たちへ一直線に迫ってくる。
クローネちゃんがニヤリと笑いながら煽る。
「おっそ」
魔力の塊が、みるみる速度を落としていく。クローネちゃんがギュッと開いていた手を握り込むと、塊は何かに飲み込まれたかのように消え去った。
ドラゴン相手に、悠然と立つ姿はとても格好良かった。
私の体が少しずつ動けるようになってくる。でも、まだほとんど動けない。喉を震わせれば、声くらいなら……
「ク……ローネ、ちゃん」
彼女は手を横に突き出し、親指を上げた。
「任せなさい。誰だと思ってんの?」
「……うん」
ドラゴンが天へと手を掲げる。空中に魔力の集合体が現れ、赤黒い魔力が溜まっていく。その塊は、太陽を覆い隠すほど巨大に膨れ上がった。
「こいつは耐えられるかな。第六階梯魔法――ドラゴニック・ラース」
私はフラフラと動きながら、地下通路の破壊で倒れてしまったマーカスさんの近くまで進む。そこから、巨大な塊を見上げるクローネちゃんへ、少しずつ身を寄せていった。
クローネちゃんの顔が引きつる。そうだよね。あんなものが落ちてくるんだもん。
「んっ……あぁっ」
クローネちゃんの顔が別の意味で引きつる。
「あんたらさぁ……こっちが真剣に守ってやってんのに!」
エリスちゃんが甘い声を出しながら否定した。
「ちっ、違うんですよ! 吸血されているから勝手にぃっ……!」
「……もっ、もうちょっと緊張感持ってよ。やっばいのが来るんだからさ!」
「すいませっ……」
両足をこすり合わせながら、エリスちゃんが下唇を噛んでる。お目々は少し上を向いて、気持ちよさそう。必死にイルナちゃんの背中を手繰り寄せてる。
「イルナさん……まだっ、ですか」
「……ドラゴンになるには、まだ足りないわ」
「ん……」
「というより……吸えるだけ吸っても足りないかもしれないわ」
「ふぇ?! 私のこの時間は……」
「無駄ではないわ。それだけ力が増えるもの」
轟音が鳴り響く。成長しきったドラゴニック・ラースが大気を揺らしながら、この地へと近づいてくる。頬を赤らめていたクローネちゃんが、パンッ! と両頬を叩いた。
「やってやるわよ」
両手をドラゴニック・ラースへと向ける。灼熱が街を更地へと変えていき、クローネちゃんの両足が、押し潰されるように地面へ食い込んでいく。足を震わせながら、歯を食いしばった。
「まっけるっかぁぁああ!!」
揺れる両手を、少しずつ閉じていく。ドラゴニック・ラースは重力の膜に覆われ、そのサイズを縮めていった。
――パキッ。
何かが軋む音がしても、クローネちゃんは止めなかった。歯ぎしりを響かせながら、両手を最後まで閉じる。
晴れわたった空に、ドラゴニック・ラースの姿はもうなかった。クローネちゃんは両足で立ったまま、両手をだらんと下げた。
「はぁっ……はぁっ……!」
ドラゴンは顎に手を当てながらこう言った。
「ふむ……これでもダメか。さすがは重力の貴族。かつての我が同胞よ。今ので我の魔力もだいぶ使ったのだがな。
しかし、ドラゴンというのはすごいな。ここまでの破壊力。これを量産すれば、復讐など容易い。魔力が回復するまで、趣向を変えるとしよう」
ドラゴンの背後に複数の魔力球が浮かぶ。ビュンッ!! 魔力の線が交差しながら、私たちを襲った。クローネちゃんは力なく片手を上げ、ひたすら軌道を逸らすだけで精一杯だった。
「イルナッ!!」
クローネちゃんの呼びかけに、イルナちゃんは答えない。
――また、守られて終わり?
本がなければ、もう何もできないの?
テイマーじゃないの? 私のできることって他にないの? 私のせいでこんなことになったのに。何もしないで終わるの?
お姉ちゃん……
「追撃と行こうか」
ドラゴンが火炎を放射する。一直線に走る火炎を前に、クローネちゃんの片手が下がった。イルナちゃんも補給を諦めたように吸血を止める。
――何かが、私を叩いてる。
私の奥から。開けろって。
――ラビ?
『 』
なんて言ったか、私には分からなかった。
次の瞬間、クローネちゃんの前にラビが立っていた。白かったはずのラビは、まるで影に覆われたかのように真っ黒に揺らめいている。
「ラビ……お願い。力を貸して」
『 』
ラビが両手の人差し指と親指を伸ばし、四角い形を作り出す。その枠の中に、ドラゴンを収めた。
『―― 』
「これって……」
太陽が遮られ、世界が黒で覆われる。闇の中に、いくつものヒビ割れた鏡が点在していた。
「禁忌階梯魔法? ユーリさんが使った……」
火炎が鏡に反射し、軌道を逸らされていく。
ラビが両手で作った四角をひっくり返す。すると、空中にいたドラゴンの体が突然地面へ引き寄せられた。地面に叩きつけられたドラゴンは頭を押さえ、私たちに背を向けて叫んだ。
「何をしたぁ!!」
ラビは自分の横にある鏡を叩き、ヒビを入れた。次の瞬間、そこに映っていたドラゴンと同時に、現実のドラゴンまで衝撃を受けたように吹き飛ぶ。
「ラビ……!」
私は感嘆の声を上げる。そして這うようにイルナちゃんに近づいた。エリスちゃんはもう限界。だから……
私は首筋を晒した。
「イルナちゃん……使って。足手まといにはなりたくないの」
「いいのね?」
「うん。必要なんでしょ?」
「……分かったわ」




