ドラゴン
クローネちゃんが私へ視線を移したことで、手下二人を縛っていた重力が解かれる。地下通路に、そのうちの一人の怒鳴り声が響いた。
「どっから入ってきやがった、てめぇら!」
叫びながら、手下の一人が武器を構える。刻み込まれた魔法術式が、淡い光を放って展開されていく。
「吹き飛べ、ガキ共……!」
開ききった魔法術式が、突如として悲鳴のような音を上げた。術式は逆回転し、放たれるはずだった魔法が内側へ吸い込まれ、破壊されていく。
「なっ……」
クローネちゃんの後ろから、ゆったりとした足音が聞こえてくる。私は声にならない声で、どうして? と問いかけた。どうして、マーカスさんがここにいるの?
怖い顔……怒ってるの?
「フラン」
「ぅあ……」
「帰ったら、魔法術式の改良じゃ」
頷きたいのに、筋肉が動かない。来てくれたんだ……マーカスさんまで。
――ずっと、一人ぼっちだったのに。
魔法術式を発動できなかった手下二人が、慌てて武器を構え、エリスちゃんに斬りかかる。エリスちゃんは一歩踏み込み、二人の攻撃をいなし、それぞれの腕を斬りつけた。
カシャン……と、二人の武器が地面に落ちる。その瞬間、手下の一人が手をかざして魔法を発動する。
ボンッ! 煙が地下通路いっぱいに広がり、視界が白く塞がれた。その向こうから、煙を払うように槍がエリスちゃんの目前へ迫る。私が危険を知らせるより早く、エリスちゃんは動いていた。
エリスちゃんは冷静に身を沈めて槍を避け、その柄を掴み取る。大きく踏み出し、息を一瞬吐きながら、奪った槍を投げつけた。
槍は煙をすべて晴らすほどの速度で飛び、手下の一人の太ももへ突き刺さる。なぜかイルナちゃんが嬉しそうにしている。
「っがぁあ! 足ッがっ」
もう一人の手下が舌打ちをし、自分の短剣を拾い上げた瞬間――クローネちゃんの重力魔法が、その動きを完全に封じた。
組織のボスが、深くため息をついた。
「はぁ……面倒な。もういい。その王女を連れて、どこかへ行けばいい」
エリスちゃんが剣を向ける。
「それで済むはずがありません。あなたを警備兵に突き出します。王女様誘拐の罪を償ってもらいます」
「……さっさと逃げればよいものを」
組織のボスがシャツの袖をめくり上げる。腕に刻み込まれた大量の魔法術式が、数箇所で回転しながら展開を始めた。マーカスさんが低くつぶやく。
「させん」
「やってみるとよい。その燃費の悪い魔法を維持できなくなるのが先か、我の魔法術式のストックが尽きるのが先か」
すごい……
空間に幾重にも広がった魔法術式が収縮し、内側から崩れていく。霞む視界の中でも、マーカスさんがすべて自壊させているのだと分かった。
エリスちゃんが斬りかかる。組織のボスは、手下が悲鳴を上げるのも構わず太ももから槍を引き抜き、エリスちゃんの剣を受け止めた。激しく武器をぶつけ合い、槍を振るう合間にも、魔法術式を展開しようとしている。
「ふん。足腰に力が入っていないな」
「……黙っててください!」
エリスちゃんの首筋には、吸血の痕があった。剣の速度が、さらに上がっていった。
組織のボスが眉間にシワを寄せ、距離を取る。しかし、その口角は上がっていた。
「ドワーフよ。打ち止めか?」
マーカスさんが膝をつく。肩を大きく上下させ、荒い息を吐いている。
「歳じゃな……」
「安心しろ。こっちも打ち止めだ。ただし――身体に刻んだ魔法術式はな」
組織のボスは槍を振り上げ、手下二人をまとめて串刺しにした。
「ボス……なんでっ」
手下の断末魔を意に介さず、組織のボスは新たな魔法術式を展開する。さっきとは違う魔法術式……?
「グゥオオオ……」
手下二人の身体が歪み、一つに溶け合っていく。現れたのは、二つの頭を持つ四足歩行の大型モンスターだった。鋭いキバをギラつかせ、エリスちゃんへ飛びかかった。
銃声。
イルナちゃんのマスケット銃から放たれた魔法が、大型モンスターの身体を一撃で粉砕した。
組織のボスは顎に手を当て、少し考えている。
「ふむ……これでも駄目か。逃げることも、王女を連れ戻すこともできないなら仕方ない。まとめて殺すとしよう。所詮、王女の生死で変わるのは商品としての価値だけだ。それから……そこの黒髪――お前は重力の貴族だな」
「だったら何よ」
「ちょうどいい。裏切り者の子孫と、にっくきエルワースの子孫を殺せる」
「そんなこと、させるわけないでしょ」
「これを見ても、そう言えるか?」
彼は一冊の本を取り出した。黒本……!
タイトルがある……禁忌の書――『ドラゴン』
「最初に使いたかったが、そこのドワーフが邪魔だったんでな」
彼が本を開いた瞬間、爆風が地下通路に吹き荒れる。赤い文字列が本から溢れ、彼の体を包み込んでいく。
イルナちゃんの影が私たちを包み、視界が一度塞がれた。
次に目を開けたとき、頭上には空が広がっていた。
廃れた街の上空には、巨大な漆黒のドラゴンが浮かんでいた。その目が、遥か高みから私たちを見下ろしている。距離は遠いのに、体が震えて息が詰まる。ドラゴンの低い唸り声が怖い。
「グォォォォオオ!!」
咆哮が街を揺らし、建物の破片が飛んでくる。エリスちゃんが剣で、イルナちゃんがマスケット銃で、それらを捌き切った。
イルナちゃんが目を細め、龍を見据える。
「龍はね、一定量を反魔法術式で魔法を打ち消すの。あれは以前のギガスと違って完成形。反魔法術式を破壊するには、ちょっとやそっとの魔法じゃ足りないわ」
イルナちゃんがクローネちゃんへ顔を向ける。
「だから私が一発で消し飛ばしてあげる。クローネ、私はエリスを吸血するから、死ぬ気で私たちを守りなさい」
「私一人で?!」
「できるでしょう?」
「……確証もないくせに、信頼なんかしちゃってさ。できるって言おうじゃない。バカになったら、当分面倒みなさいよ」
クローネちゃんは手をかざす。その周囲の破片や瓦礫が空中へと浮き上がる。
「ノクト・グラビティア――クルワトゥラ」




