小さな助けて
私は地面に顔を伏せながらも、ボスを睨みつけた。ボスは両手を後ろで組み、私を見下ろしながら言った。
「忌々しいオッドアイだ。このまま売らずに貴様に苦痛を与えてやりたい」
「……王族に手を出せばどうなるか分かっていますか? もう一度屈辱を味わいたいのであれば、好きにすればいいでしょう」
――嘘。私がどうなったところで、陛下は何もしてくれない。組織のボスが私を見下すあの目は、冷静じゃない。冷静になろうとしている。私の言葉が、この男の感情を揺らしている。
私は体を起こしながら、膝立ちで問いかけた。
「あなた方に出来ることなんて、たかが知れています。所詮は魔族風情でしょう?」
見えない何かに押しつぶされる。肺が潰れ、息ができない。視界が真っ赤に染まった。鉄格子の向こうで、組織のボスがさらに声を荒らげる。
「たかが知れている? 我々アフェイスは金を稼ぐ。表向きは、それだけだ。手段は選ばず、お前達の資源を奪い、人を奪い、価値を魔族大陸へと流す。いずれはお前たち人間を、今のお前のように地べたに這いつくばらせてやる」
鉄格子の向こうから腕が伸び、私の両頬を片手で掴まれる。引き寄せられた私は鉄格子に顔面を強くぶつけた。鼻の奥に痛みが走り、声も出せないまま、ボスの声を聞く。
「傀儡の貴族、ロッドはそんな我々に賛同する同士だ。それが実験をしたいだけの異常者であっても利害は一致している。我々は実験台となる貴族と、黒本の材料を用意した。ロッドが作り上げた黒本は、研究の名目で貴族のガキどもへ売りさばいた。全てはお前たちを滅ぼすため。それがアフェイスの裏の顔だ」
目的は魔族の復権と、人間への復讐。金稼ぎは表の顔……
「そうですか。軽口を叩くのですね。助かりました」
「貴様……」
「結局、人間の手を借りなければならないなんて。哀れですね」
静かに彼の手が私から離れ、私はそのまま地面に頭を置く。少しは時間稼げたかな。目的も分かった。傀儡の貴族はただ、研究欲を満たしたいだけかな。
「この王女を傀儡の貴族の所へと輸送する。姿隠しの魔法術式と新たな荷馬車を用意してこい。ロッドは今、魔法術式によって隠された建物にいるからな。鍵を忘れるなよ」
「「へいっ!!」」
手下の二人が返事をすると部屋から出ていく。
また別の場所に……このままじゃ見つけてもらえない。どうにか痕跡を残さないと……せめて、この人たちの目的だけでも。今の私じゃ……太刀打ちできない。それがバレる前に。
いつの間にか、組織のボスは鉄格子を開け、牢の中へ足を踏み入れていた。冷たい目で私を見下ろし、腕を強く引っ張りあげる。そのまま引きずられ、袖をめくり上げられた。次の瞬間、何かが腕に刺さった。
「痛っ……何を、したの」
「安心しろ。ただの弛緩剤だ。じきに指一本動かせなくなる」
カクンッ……と私は全身の力が抜けた。顔を上げることすらできない。
「なぜ貴様は反撃してこない? 理由はいくつか考えた。弱い、様子を見ている、力を使えない理由がある。どれだとしても構わないことだ」
床に投げ出された私の手を、男の靴底が踏みつけた。
抵抗する力もないまま、骨の砕ける音がした。
「あぁぁ!!」
「いい悲鳴だ。心が洗われる。挑発などしなければ大人しく渡すだけで済んだものを」
涙が我慢できない。血と涙が混ざり合って地面に伝っていく。ここで死ぬのかな。それとも実験で殺されるのかな。
お姉ちゃんに大見得を切ったのに。クローネちゃんに約束してもらったのに。
お腹を蹴り上げられる。壁に激しく打ち付けられる。
私、まだ話してない。ずっと隠してたこと。王族だってエリスちゃんとイルナちゃんに。言いたいのに。
ラビ、もう会えないかも。また、一人ぼっちにさせちゃうね。
背中を何度も、何度も踏みつけられる。私の骨って簡単に砕けるんだ。彼の荒くなった息が聞こえる。髪を掴まれて持ち上げられる。
「さぁ行こうか王女様。魔族の未来のために」
引きずられて膝の皮がこすれて剥がれていく。新しい荷馬車が見える。死にたくない。
「……けて」
喉がひきつり、声が途中で消えた。誰かに聞こえるかなんて分からない。それでも、必死に息を絞り出す。
「す……けて」
組織のボスが私を荷馬車に投げ入れる。力なく私の体は転がる。彼は乗り合わせた手下に言った。
「そいつを使っていい」
「本当ですかい?」
意気揚々と、手下二人が乗り込んでくる。
「あ? なんか言ってるなコイツ」
「た……す、けて……クローネちゃん」
カタッ……カタカタッ。不意に荷台が軋み、手下の二人が苦痛の顔で荷馬車の底に手をついた。押し潰されるように、その膝が沈んでいく。
――弱々しい私の泣き声が漏れる。
「あっ……あぁ」
もう、言葉もうまく出せない。
この魔法は――私がよく知っている、魔法だ。
「ノクト・グラビティア――グラウィス」
「畜生!! なんだっ、体が……!」
さらに重圧が増し、荷馬車そのものが耐えきれず崩壊した。範囲の外にいた私は、崩れた荷台から地面へ落ちそうになる。その時、足元が影で覆われた。
とぷん……
不思議な浮遊感、水の中みたいだけど息が出来る。誰……? イルナちゃん?
「遅くなってごめんなさい。よく頑張ったわね。あなたの瞳――綺麗で好きよ」
「う……あぁ」
イルナちゃんに抱きしめられる。あったかい。
私の体が影から出てくる。
「フラン!!」
クローネちゃんが私の体を抱きかかえる。その前に、イルナちゃんと、足を震わせながらも立つエリスちゃん。二人は私を守るように、手下たちの方を向いている。
ぎゅっ……て、クローネちゃんが私を抱きしめてくれる。あったかい。私も抱き返したい。でも、力が入らない。
クローネちゃん。泣かないで。助けてくれて、ありがとう。




