囚われし王女
「ん……」
「お目覚めか? 王位継承権第三位さんよ」
ここは……そうだ。学院祭を貴賓席から見ていた私は、会場がパニックになった隙にさらわれたんだ。背中に触れる床は冷たく、少し湿っている。窓のない牢。壁から伸びた鎖が、私の両足へ繋がれていた。
鉄格子の向こうには小さな部屋があり、大柄な男と、小柄な男が一人ずついる。二人とも、顔にヘビと弓のタトゥーを入れていた。
「私を守ってた方々はどうされたのでしょうか」
胸の奥が冷たく沈んだ。それでも声だけは、王族としての口調を崩さないようにする。大柄の方が私の問いに答える。
「あ、目隠ししたからな。知らないか。殺したよ。ハッ、そんな鋭い目つきするんじゃねぇよ。あいつらだって覚悟の上だろう? 今頃昇級してるだろうぜ?」
「民の命が失われて、心を痛めないはずがないでしょう」
「ハッ、ご立派なもんだな。てめぇのそれが本心かどうかはしらねぇが……まずは自分の心配でもしたらどうだ? いいか? 魔法を使おうなんて思うんじゃねぇぞ。俺達だって商品を傷つけたくはねぇからな」
「商品? あなた達の目的は何?」
小柄の男が立ち上がり、鉄格子の前まで歩いてくる。
「目的? お前はただのオマケだ。事前調査でお前に対しての警備が薄いってこたぁ分かってたからな」
「答えなさい。私が問いかけているのはあなた達の目的です」
小柄の男は私を鋭い目で見下ろす。まるで、立場を分かっているのかとでも言いたげだ。分かってるよ。怖いよ。すごく怖い。でも、私は第零席になる王女なんだから。
「あなた達は組織? 学院内の魔法術式に手をつけられたということは、学院内に繋がりがあるのですか?」
ガシャンッ!! 小柄の男が鉄格子を荒く蹴った。続けてナイフを向け、脅すように言った。
「おめぇ……なんか分かってねぇな。そういうのを言える立場かぁ? 王族のオッドアイ、高く売れそうじゃねぇか。今取り出してやろうか?」
怖い……怖い怖い。
「あなたこそ誰に手を出しているのか分かっているのですか。私はエルワース王国の」
「よーし分かった。犯すわ」
小柄の男が鍵を開ける。鎖に繋がれている私には何もできないと分かっているんだと思う。魔法を使われても対処できる自信があるのかな。
鍵の音が一つ、また一つと近づくたび、喉がひどく乾いた。顎を掴まれても、表情だけは崩さない。お姉ちゃんみたいに振る舞わなきゃ。
怖がるな。隙を見せるな。
怖いよ、助けてクローネちゃん……仕方ないわねって出てきてほしい。エリスちゃんに手を握ってほしい、イルナちゃんに安心させてほしい。
「不敬よ。手を離しなさい」
太ももを掴まれる。お姉ちゃん……
――だめだ。これじゃ変わらない!
私は、重い鎖をつけた足を相手の胸元へ蹴り出した。男の体が後ろへ弾き飛ばされる。それでも彼は、ケラケラと笑っていた。
「くははっ、蹴りかよ。魔法じゃねぇんだな。使わねーのか?」
まずい……知られる。私が今、魔法を使えないって。テイマーの能力は……ここには誰もいない。つばをゴクリと飲み込む。彼の足音が近づき、鋭利なナイフの先が私の目元に突きつけられた。
私は瞬きもせず、それを見つめた。震えないで、私の足。男の顔が近づいてくる。クローネちゃんが近づいてきたときとは全然違う。泣きそうになる。
「いただきまーす」
ギュッと、私は強く目を瞑ってしまった。
「ヒッ」
それは私の口から出た声じゃなかった。恐る恐る目を開けると彼が尻もちをついて距離を取っていた。その視線は私じゃなくて上を見ていた。でも、私の後ろはただの壁。何もないはずなのに……なぜか、少しだけ懐かしかった。
大柄な男が立ち上がり、小柄の男を引きずり出す。
「バカかお前。あの第零席の妹だぞ。何されるかわからねぇ。にしてもお前、尻もちなんぞついてどうした」
「いや……なんか、俺もよくわかんねぇけどよ。なんか、心臓が」
「はぁ? くだらねぇこと言ってねぇで座ってろ。ボスが来るまでな。こいつは大事な商品だ。傷つけるなよ。ボスの取引相手、ロッドに渡すんだからな。
ボスの判断によっちゃ、ロッドには渡さず売り払うかもしれねぇ。魔族大陸には、王族を高値で買う大口の客がいるからな」
私は、長く息を吐いた。ひとまず助かった……
取引相手のロッド……この人たちとそのロッドが手を組んでる? ロッド……
「傀儡の貴族……」
私はボソッとその言葉を吐いた。関わり合いはないけど、名前なら知ってる。うちの学院に在籍していたんだ。次期当主のロッド・アルカ・ラルベット。
「なんだ。知ってんのか」
大柄な男は机の上で武器を磨きながらそう言った。
「えぇ。王族として、十二の貴族の名を知っているのは当然でしょう?」
「ハッ、過去の栄光にすがりつくだけの劣化如きが、偉そうじゃねぇか」
「違うわ。守っているの。答えなさい、傀儡の貴族の目的は、あなたたちの目的は何なのか」
「魔族大陸の奴らはそうは思っちゃいねーぜ。知りてーか? まぁ、所詮短い命だろうからな。俺達は盗賊ギルド、アフェイス。金を稼ぐ。それだけのために動いてる。特に人身売買じゃ、魔族大陸の連中はお得意様だ」
私は話し始めたことを確認すると、口をつぐんだ。できるだけ喋らせたいから。
「前々からお前には目をつけていた。傀儡の貴族から王族が欲しいと言われていてな。魔法術式の研究材料として、お前を解剖してーんだと。いろんな実験もしたいつってたな。例えば、その目をえぐり出してもエルワースの能力が使えるのか。とかな」
……私にはそんな能力ない。でもそれを伝えたところで売りさばかれるのがオチかな。
「難しいことはよくわかんねーが。要はお前の生死関係なく調べ尽くしたいわけだ。当然、生きている方が金の価値がある。あいつの実験は心底やべーぜ? 捕らえた貴族を生きたまま血管を剥き出しにするんだ。魔力回路の流れや遺伝する能力がどこに宿っているのかを探したりしているらしい。他にも色々とな」
背筋が凍る。探究心に善悪のブレーキがなければこうなるんだ……
「話しすぎだ」
とても低い男の声が扉の軋む音と共に聞こえてくる。
「ボスッ!!」
「これがあの仮面の素顔か。随分と可愛らしい」
声の主は魔族だった。禍々しい角。白目まで黒く染まった瞳と、人ならざる肌。全身に刻まれた魔族特有の魔法術式。その一つが赤く光る。
――次の瞬間、見えない何かが私の体を弾き飛ばした。壁へ叩きつけられ、肺の空気が一気に吐き出される。視界が真っ白になった。
痛いよ……
力が抜け、私はそのまま地面に崩れ落ちた。額から血が垂れているのが分かる。
「少々、生意気が過ぎるのでね」




