痕跡
私は思考を巡らせる。アフェイスの情報……エリスと一緒に街へ繰り出したとき、どんな情報があったかしら。一つは化物に変わる短剣、あとは盗賊ギルドの証であるヘビのタトゥー。彼らは何をしようとしていた?
「あの時も……人を攫っていたわ。貴族の二人組を」
エリスがパッと気づく。
「それですイルナさんっ! あのとき、彼らは貴族の馬車から荷馬車へと連れ込んでいました。荷物に紛れさせていたということは、農作物の運搬業者に偽装していた。それって流通経路が絞れませんか? だって農作物の運搬をしているのに、住宅街を走るわけにはいきませんよね」
「……それだけじゃ足りないわ。それで絞られるのは学院からの搬入ルートだけ」
私は影の底をまさぐり、この王国の地図を引っ張り出した。
「クローネ、学院から物資搬入のルートをここに描けるかしら? 今回の学院祭は警備のためにかなり絞られるはずよね?」
「私? まぁいいけど……」
「だって避難経路やいろんなところの魔法術式のチェックをフランと一緒にしていたのでしょう? 詳しそうだと思ったのよ」
「よく覚えてるわね……」
クローネは鉛筆を受け取り、学院西側に二つの印をつけた。
私はそこから市場へ続く搬入路をなぞる。さらに、以前の事件で荷馬車が逃げた方角へ一本の線を引いた。
二つの経路が重なる範囲は、市場の東側に広がっていた。
「昔も今回も、同じ経路を使ったと考えれば……怪しいのはこの一帯ね。まだ広いけれど」
私たちは学院西へ走り、通りかかった馬車を止めた。
「お願い、急いでいるの。手荒な真似はしたくないけれど、事情があるのよ」
私が馬車に手をかけ、強引に乗り込もうとする。御者が慌てて手綱を引き、声を上げた。
「ちょっと、何をっ!」
「急いでいるの……それから騒ぎの直前、ここから荷馬車が出ていかなかったかしら?」
「そうは言っても……荷馬車なら、まぁ一台出ていったけど。こんなタイミングで珍しいなとは思ったよ」
……当たりね。でも急いでいるの。私は仕方なく龍の目を使おうとしたその瞬間、ガルバスの声が聞こえてくる。
「どうした? なんかトラブルか?」
「ガルバス?」
「おお! イルナの嬢ちゃんじゃねぇか。どうしたんだ」
「人さらいよ。犯人を追っているの。私たちが出会ったときの盗賊ギルド――アフェイスが関係しているわ」
「……よし分かった。この荷馬車はギルドが責任を持つ。行きな。それと場所は言えるか? 俺達もアフェイスを追う」
「いいの? それにあなたたちだって今、学院に雇われて仕事中のはずじゃ……」
「あぁ、第七席ってのを見つけるために駆り出されているがな。アフェイスがいるってんじゃ最優先だ。けどな、もっと優先すべきは仲間を支えることよ。行ってこい」
「……ありがと。場所は学院西から市場まで。私たちが会った場所から線を引いて頂戴。でも範囲は広いの。もっと絞り込めたらよかったんだけど……」
「いいってことよ。人海戦術といこうじゃねぇか。何か分かったらギルドのやつに教えてくれ」
「分かったわ」
馬車の揺れに身を委ね、私は隣で腕を組むマーカスに視線を向ける。
「あなたまで付いてくるの? 危険よ。技術に長けていても、戦闘となれば話は別でしょう?」
彼は腕を組み、その人差し指で落ち着きなく二の腕を叩いている。
「弟子の危機じゃからな。それに相手は魔法術式を熟知しておる。じゃったらフランの居ない現状、わしがいたほうが都合がよかろうて」
「……ありがと」
「変わったな。お主」
「自覚しているわ」
私は影を伸ばしながら痕跡を探す。エリスやクローネ、マーカスも馬車から身を乗り出すように痕跡を探す。真新しい轍と蹄跡は、一組だけだった。騙しがなければこれを追えば見つかるはずだけれど……
「止まってもらえる?」
私は御者にそう告げる。彼は馬車を止めた。
「イルナさん? 何か見つけたんですか?」
「逆よ。見つけられなくなったの」
私は馬車から降りて真新しい轍を見つめた。
「これ、見えるかしら。ここで途切れてる。おかしいと思わない? 荷馬車が突然消えるなんて。この辺りは人の気配も薄いし、周囲には使われていない倉庫ばかり。逃げるには絶好の場所だけれど……痕跡が消えてしまうなんて……」
私はため息をついて頭を抱えた。
「わしがやる」
マーカスが前へ出ると、愛用のモノクルを装着した。彼が指を鳴らすと、周囲に刻まれた魔法術式が悲鳴を上げるように回転し、強制的に姿を露わにしていく。
「見つけたぞ」
マーカスはただの壁を指さした。けれど、魔法術式が大きく展開されている。赤黒い魔法陣に手を触れ、左へ一回転させる。術式が強制的に発動し、壁の像が薄れていく。その向こうに王都の外へ続く道が現れた。さらに隠されていた魔法陣が浮かび上がる。マーカスが再び術式を回すと、途絶えていた轍と蹄跡が姿を現した。
「ふー……歳じゃな。疲れた」
私の龍の目が魔力の残滓を捉える。
「えぇ、合っているわ。仮面の……王族のフランと同じ魔力が感じられるわ」
いつものフランとは違う、魔力の色。本当に普段は必死に隠していたのね。王族ならそれだけの魔法具を持っていてもおかしくないもの。
私はエリスとクローネの手を握る。二人がびくりと肩を揺らし、私を見る。私は焦燥と恐怖で強張る二人へ言った。
「大丈夫よ。これで追えるから。取り返すわよ。私たちの大事なルームメイトをね。あの子がいないと静かすぎるもの」
私の手を二人が強く握り返した。




