王命
「ベンッ!!」
ヴィーが荒れ果てた焼け跡へ必死の形相で戻ってくる。メリーの治療を受けるベンを見て抱きつこうとしたが、今にも崩れてしまいそうなほど痛々しい姿に、伸ばしかけた腕を空中で止める。代わりに両腕で自分の身体を抱き、その場へ崩れ落ちた。
「良かった……生きてる……」
狼の耳と尻尾は垂れ下がり、涙を落とす。
私はほんの少し微笑む。唐突な事態だった。だが、あの状況で彼を助けると決めた自分を後悔はしていない。もし後遺症で彼が暴走を続けたのなら、その時は私が終わらせるつもりだった。背負うべき責任だ。たとえ、あのヴィーという子に恨まれることになろうとも。
ピクッと私の耳が風の音を捉える。
「ふふっ、どうやら一発もらったようね」
ユーリが赤く腫れた自身の頬を撫でながら歩いてくる。
「あはは。まぁね……」
「未来が見えていても攻撃は食らうのね」
「未来が見えていても避けられない未来もあるさ」
「それもそれで不便な能力ね」
「本当にね」
まさか、あれほどあっさり認めるとは。以前から先回りするような言動には違和感があったけれど、これで確信に変わった。
彼は荒れ果てたこの場所を眺めながら言った。
「彼女の禁忌階梯魔法を受けてベンは生き残っていたんだね。さすがだよ。フィアナの禁忌階梯魔法は、存在するすべてを対象にする。人間だけでなく、建造物さえもね。だからこそ不思議なんだ。君はどうやって無傷で?」
「乙女の内緒よ」
「僕は手の内を晒したのに?」
私はクスッと笑いながらごまかした。手の内は、知られないに越したことはない。
――そこへ、重厚な魔法術式が施された鎧を纏う、王国騎士たちが姿を現した。彼らは配置につくやいなや、冷徹な声で第零席達へ命を下す。
「王命である。オートマトンと禁忌の書から、第七席による反逆の可能性が浮上した。即座に学院の防衛、ならびに王族と国賓の警護にあたれ」
ピリッ……と空気が一気に張り詰める。フィアナから放たれる殺気が、刺すように肌をひりつかせた。当然だ、彼女は一刻も早くフランの元へ向かいたいのだから。だが運悪く、立ちはだかるのは王の命令。十二の貴族の中でも絶対的な権力を持つ存在だった。
至高評議会に名を連ねたとはいえ、今の彼女は王ではない。評議会の決定もない以上、王命に逆らうことはできなかった。それはヴィーとベン、ユーリも同様だ。
ユーリはため息をついた。
「君たちの不手際で起きた事件でありながら警護にあたれ……か」
「当然だ」
その返答を待たず、ユーリの剣先が王国騎士の首筋に深々と突きつけられていた。
「僕の剣は鎧なんて紙のように切り裂くよ……剣聖の貴族が、十二の貴族に刃を向ける。それ自体は不思議なことじゃないだろ? よく分かっているはずだ」
「……命令、ですので」
ユーリが剣を収める。
「まぁ、僕らの大陸の者も多く来賓している。仕方ないね」
怒りに震えていたフィアナの拳が、わずかに緩んだ。
遅れてエリスやクローネが駆け寄ってくる。フィアナは私に対して言った。
「頼む」
「出来る限りのことをするわ。あなたの代わりに、フランを連れ去った連中をぶっ飛ばしてきてあげる」
「……感謝する」
クローネとエリスが私に駆け寄った。
「イルナさん!! 良かったご無事で……」
「えぇ、私は大丈夫。状況は概ね理解しているかしら?」
「はい。クローネさんから事情は聞きましたが、正直驚いています……でも」
私は彼女の頭を優しく撫でる。
「そうよね。私もよ。驚いている。けれど、驚くだけの余裕がない。助け出してから思う存分驚きましょ。それで問い詰めるの。よくも黙っていたわね。びっくりしたわよって、フランとクローネにね」
クローネが申し訳なさそうに視線をそらした。
「ごめん……でも、あの子が決めたタイミングで言わせてあげたくて」
「責めてないわ。こうなることなんて、誰も想定していないのだから。ユーリでさえもね」
私はマスケット銃を取り出した。
「返してもらおうじゃない。後悔させてあげるわ。私のルームメイトに手を出したこと」
カチッ……と、地面に向けて引き金が鳴る。瞬間、足元から学院中を塗り潰すように影の盤面が広がった。私は背中から闇の中へ身を投じる。重力から解き放たれるように、髪がふわりと逆巻いて消えた。
――パチッ。暗い地下を照らす魔法具の弾ける音。影の中から、私は話しかけた。
「その前に知るべきことがあるわ」
地下の下水道。湿った暗闇の中、鎖で幾重にも縛られた棺の横で、地べたに座り込む第七席のセリウスへ向かって、私は言葉を投げかけた。
「何が聞きたい」
「あなたは私の敵かしら?」
「味方でも敵でもない」
「充分よ」
私の声だけがその地下空間に広がっていた。
「あなたは黒本に関わっていないし、オートマトン事件にも関与していない。それで間違いないわね」
「そうだ」
「今や学院だけじゃない。王国からも、あなたが黒幕だと疑われているわよ」
「問題ない。黒幕の見当はついている」
――私は影の中から姿を現した。一歩ずつ近づきながら見下ろす。
「洗いざらい吐いてもらうわ。私の……大事な友達の命がかかっているのよ」
「お前もそんな顔をするんだな。てっきりユーリみてぇに冷え切った奴だと思っていたが」
私は反射的に頬へ触れた。




