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絶対王政

「やめろ!!」


 ヴィーの悲痛な叫びが響き渡る。しかし、フィアナのオッドアイは冷たかった。


「再生と破壊を繰り返すたびに強化され、いずれ破滅の存在となりうる。手遅れになる前に私が殺す」


「あたしがっ! ベンを正気に戻す!」


 フィアナに近づきながら、自身の胸に手を当てて主張する。フィアナは意に介さない。


「私がやらなければ至高評議会が出てくる。ただそれだけだ」


 ヴィーは唇を強く噛みしめた。大切なものを失いたくないと願う、年相応の悲痛な表情。彼女は痛む拳を強く握り直すと、そのまま亜音速の蹴りをベンへと叩き込んだ。


 一直線の砕け散った破壊の痕。砂埃の中、荒ぶる彼女の声だけが聞こえる。


「ベンッ! こんなくだらない魔法術式なんぞに惑わされるなッ!!」


 砂埃が晴れ、彼女は息を呑む。渾身の一撃は、あろうことかベンに片手で受け止められていた。


「ふざけるな……こんなとこで、お別れか? この場所に立つために一緒にあたしらは」


 静かに俯いたあと、潤んだ瞳で訴えかけるように見上げた。


「あたしを傷つけるのか?」


 ベンはヴィーの足を掴んだまま、無造作に腕を振り下ろす。ただその一撃だけで足元の決闘場が揺れ、凄まじい風圧が吹き荒れる。衝撃に耐えきれずメリーが尻もちをついた。足元から伝わる揺れが、無情にも猶予のなさを告げていた。


  ベンの腕が振り下ろされた瞬間、ユーリがヴィーを抱えて姿を消す。直後、決闘場が爆ぜた。石床が大きくめくれ上がり、砕けた岩盤が豪雨のように降り注ぐ。


 泣きじゃくる彼女はユーリのシャツを掴み、嫌だと連呼する。ユーリとフィアナの視線がぶつかる。


 ユーリは頷き、ヴィーを連れて第一決闘場から完全に姿を消した。


 そしてフィアナは私に視線を向けた。その理由は分かっている。避難するべき人物がもう一人いるからだ。


 ――私は影を伸ばし、マーカスへ最後の合図を送った。


「私なら自分の身を守れる。見たいのよ。ちゃんとこの目で。あなたの禁忌階梯魔法と、その結果を」


「……保証はしない」


「いいわ」


 フィアナは一歩引き、短く息を吐いた。ベンの体は二倍にもなるほど強化され、破壊の限りを尽くさんとしていた。頭上に第七階梯魔法の陣が現れる。ベンは腕を天高く上げ、それを握りつぶす。唸り声と共に漏れる白い息が、恐怖を底上げしていた。


 フィアナは距離を取っていたメリーの隣に立つ。私はメリーの影へ沈み、全身を影で幾重にも包んだ。その背中越しに彼女を見つめた。フィアナが王族の剣を引き抜き、翻るマントと共に、剣を両手で地面へと突き刺す。


 空気は重く沈み、第一決闘場が彼女の魔力に塗り替えられていく。かすかな呼吸音すら聞こえない。唯一響くのは、遠くで鳴り響くオーケストラのような荘厳な音色。まるで王の登場を称える喝采のようだった。




 その静寂を切り裂いたのは、王位継承権第一位、フィアナ・エルワース・ファニスの声だった。


「禁忌階梯魔法――アブソリュート・レガリア・エルワース」


 一瞬で、隔絶された世界はフィアナだけを王とする領域へ塗り替えられた。王の命じるがごとく雷鳴が跪き、炎は王の怒りを伝えるように地を這う。彼女の掌握する全属性が、勅命に従う臣下となっていた。


  水が決闘場を呑み、闇があらゆる影を地面へ縫い付ける。光は世界を隅々まで照らし、無属性の圧力が存在するすべてを押し潰した。


 王を見下ろす獣は咆哮を上げる。雷鳴が獣の巨体を撃ち抜き、業火の地へと膝をつかせる。それでも頭が高いと命じるように、大樹が背を押し潰す。


 彼は業火が渦巻く地面へと、力ずくでその頭を押し付けられた。


 獣はその大樹を破壊し、再び立ち上がろうとしたその時――フィアナは王族の剣を地面から引き抜き、もう一度、深く突き立てた。小さな金属音が静寂を切り裂く。


「王を讃えよ」



 ――視界が白く染まった。


 隔絶世界の地はすべてが黒く焼け焦げ、白い煙だけが漂っている。


 その中心で、獣は膝立ちのまま黒く染まっていた。王は正面で悠然と佇み、金色の空が二人を照らしていた。



 ――金色の空と作り上げられた世界が、天へ昇る魂のように少しずつ消えていく。


 それでも、黒く焼け焦げた第一決闘場は元に戻らなかった。


 フィアナが長く息を吐いた。その表情にはさすがに疲れが見える。あれほどの禁忌階梯魔法、膨大な魔力を消費したのだろう。


 彼女は王族の剣を鞘へとしまいこむ。


「メリー。間に合うのなら治療を」


 彼女は頷いてベンに駆け寄った。黒焦げのその胸に手を当て、回復魔法を発動した。そしてフィアナを見てニコッと笑う。


 フィアナは頷き、影から出てきた私の方を見た。


「感謝する」


「私は何もしてないわ。マーカスがギリギリまで魔法術式をいじくり回してくれたおかげよ。術式を破壊したあと、影響が彼に残らないように対処してくれたの」


 ギリギリだったようだけど。あんなに慌てたマーカスを見たのは初めてだったもの。


「数々の対処も貴殿はしてくれただろう。それに、暴走状態の彼の強化をあえて止めず、私の禁忌階梯魔法に耐えられるようにすればいいと提案したのも貴殿だ。他にも感謝する理由はある」


「他のっていうのは、フランのことでしょう? 仲良くしているものね。そのフランもさらわれてしまったけれど……」


 正直私も内心穏やかじゃない。今の問題を対処しただけで、フランの問題が何一つ解決していない。なぜフランをさらったのか、どこにいるのか。それはきっと彼女も同じでしょうに。


 手がかりはある。黒本事件とつながっている。同じ隠された術式、そしてその術式は似通っているとマーカスは言っていた。探すわ――第七席のセリウスとリゼットを。

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