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魔法術式

 盗賊の男は自分の短剣を引き抜きながら、苛立ちを顕にしていた。血はその手から滴り落ち、痛みによって震えている。下を向きながらもその目は私を睨み上げている。歯ぎしりをしながら訴える。


「てめぇが……下から二番目? ありえねぇだろ。俺はあの学院に短い期間だが通っていた。だからこそ分かる。てめぇはそんなに弱くねぇ」


 男は背後をチラッと確認する。貴族二人を乗せた馬車が走り始めていた。私はエリスに何もせずに追いなさいとだけ言った。残りは雑魚だから心配もないでしょうし。


 エリスは私の言葉を信じるかのように、建物の屋根から対象を追った。男は短剣を掴みながら私へと向ける。カタカタと短剣が揺れている。まともに立てるだけ優秀よと私は言いながら一歩近づいた。男は突然その短剣を自分の心臓へと刺した。


「こいつは魔法じゃねぇ……魔法術式だ。俺の体には術式が刻まれている。あとは魔力と合図を送りゃあ発動するってわけさ。どうせ失敗したら帰っても殺されるんでな……! こっから先はバケモンとして生きてやるぜ!」


 術式が光を帯びて男の体を駆け巡り始める。ボコッボコボコッと体が醜く膨らみ始める。


「醜いわね」


 バランスの取れていない造形。顔もそれを顔と認識できるかどうか程度。街灯をゆうに超え、私に覆いかぶさるように全身を叩きつけようとする。周囲の空気を震わせ、声にもならない雄叫びが轟いていた。



「いいわよ。私も見せてあげる」



 私は影から一本のマスケット銃を取り出す。長い銃身を対象へと向けて構える。彫刻の掘られたそれに魔力を流し込む。魔力は青く光り、銃口の先に魔法陣を形成し始める。


「魔力装填。第四階梯魔法術式発動。イウス・リペル」


 ――怪物は発射された弾丸に触れた瞬間、巨大なバリアに阻まれたかのようにぐちゃりと押しつぶされる。その衝撃音が静かな夜の街に一瞬にして広がっていく。四方八方にその醜い残骸が飛び散っていく。地面、街灯、家の側面についた残骸は煙を出しながら蒸発していく。


 私はそのマスケット銃を影の中へとしまった。


「お疲れ様。ありがとね」


 ――私がエリスの元へ到着すると、馬車は止められていた。見れば、複数の大柄の男たちが盗賊達を取り押さえているところだった。


「あら。獲物取られちゃった」


 冒険者ギルド所属の冒険者がちょうど依頼で通りかかったらしい。私はエリスの訓練にちょうどいいかと思ったのにと、肩を落とす。


 貴族は無事保護された。けれど癪に障る言葉を口にした。ありがとうございますとでも言ってくれればいいものを、遅いだの役立たずだのエリスや私に吐き捨てる。私の苛立ちを感じ取ったのかエリスが私をなだめる。


「まぁまぁ……良かったじゃないですか。無事だったんですから」


 ビンタの一つでもしたいところだけど……学院の生徒になったからには問題は起こしたくはない。


 これだからアッシュは。その一言を聞いた瞬間、私の目が鋭くなる。立場ってものをわきまえていないようね。情けなくも女一人守れず文句だけは一丁前。少し怖がらせようかしらと思った時だった。


 冒険者の一人が剣を地面へと突き刺す。その鋼の音が夜の世界に鳴り響く。


「おれたちゃあ……貴族とかはどうでもいいんですわ。ごちゃごちゃくだらねぇ耳障りな言葉を聞きたいわきゃあない。この嬢ちゃん達が足止めしてなかったら俺達とすれ違わなかった。そうなれば今頃あんたらは盗賊のアジトで何をされてたかわからねえ。違うか?」


 貴族は一瞬日和った。けれど元気を取り戻したかのようにすぐに文句を垂れ流し、警備兵に守られながら去っていった。


「たく……気分わりぃぜ。なあてめぇら。いっちょ飲み直すか?」


 冒険者達が同意する。すると私たちに向かって一緒にどうだ? と提案してくる。空腹を感じた私は二つ返事でオーケーした。


 冒険者ギルドの酒場に来た私はお肉を頼むだけ頼んでほっぺを膨らませていた。半分ドラゴンである私の体は、魔力効率がひどく悪い。血を飲まない分、食べ物でそれを補わなきゃいけない。龍の血が要求する魔力量がとんでもなく多いから。


 ――そんな私の様子を、先程の冒険者の男性が酒を飲む手を止めて、感心しながら見ている。


「す……すげぇな嬢ちゃん。おれよりも食うじゃねぇか。圧倒的に」


「えぇ。わはひは、いふらへもはへられふわ」


「お、おお……食い終わってからでいいぜ嬢ちゃん。何言ってっかわかんねぇし。おれは冒険者ギルド所属のガルバス。まぁ適当に覚えていてくれや」


 エリスが慎ましくパンをかじっていた。


「私はエリスと言います。こっちの子はイルナ。ちなみにさっきのは”私はいくらでも食べられるわ”と言ってます」


「分かんのかよ」


 エリスはもぐもぐしている私の横でお勘定を見ていた。小さな声でこれなら私のお小遣いでもだいぶ余裕そうです。いい場所を見つけました……! しかも美味しいですと呟いていた。当分はここに通うことになるのかしら。私もここの味には満足しているし異論はなかった。


 お腹いっぱい食べた私とエリスはガルバス達にまたねと手を振った後、二人で寮へと戻った。私は温かいシャワーを浴び、裸のまま出てくる。エリスが慌てながら顔を真赤にする。


「なんで裸なんですか?!」


「服がないからよ」


 私はすました顔で冗談を言った。本当は反応がかわいいから見せているだけなのだけど。


 エリスは逃げるようにすれ違ってシャワー室へと向かった。私はクローゼットから白いワンピースを取り出して身にまとう。エリスのベッドへと腰掛けた。少し経った頃、ドアがゆっくりと開き、フランが何やら小さな動物を持って帰宅してくる。丸っこい羽の生えた鳥のような……毛玉のような。


「ただいまぁー」


「あら? 夜食?」


 小さな動物はピヨピヨッ! と慌て始める。冗談よーと言ってあげると疲れたように静かになったが、警戒は解いてないみたい。フランは食べないよぉーと言いながら小さな動物の頭を撫でる。


「可愛かったから連れてきたんだ―」


「よく逃げなかったわね」


「えへへ。私はテイマーだからね。でも弱い動物しかテイムできないみたい」


 フランは窓を開けてその子を外へと放した。それを眺めながら言った。


「だからね。こうして少し愛でて逃がすのが日常なんだぁー」


「テイムなんてすごいじゃない。私はできないわよ? 才能かしら」


「そんなこと言ってくれるの?! ありがとっ!」


 フランは私に抱きついた。この子は少し距離感が近いみたいね。とてもいい子なのは見てすぐに分かったわ。元気なこの笑顔を見れば、そう思いたくなるもの。


「ねぇ、あなたエリスとはどうしてペアを組まなかったの? どっちもペアはいなかったでしょう?」


 ぴくりと、彼女の手が反応する。やっぱり理由があるのね。


「足……引っ張っちゃうから。えへへ」


 どこかそれだけではないような。そんな気がした。私はあえて聞かなかった。これもきっと……彼女の嘘偽りのない本心のひとつなのでしょうね。

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