第零席達の衝突
国王は軽く手を振りながら玉座へと座る。背後の少女も静かに席へと腰を下ろした。鉄壁の如き重厚な鎧を纏った警護兵たちが、王の背後と左右を隙なく固めている。他の王族や国賓も同様だ。
対して、背後に控える仮面の少女の近くには、数人が立つだけだった。
マーカスが黒本を専用のカバーで閉じ込める。
「まぁ、話はあとでよいじゃろ。第零席達の戦いを見ようではないか」
「……そうね。今は楽しみましょ」
私がそう言うと、エリスが私の手をさり気なく握る。私は優しく握り返した。会場の熱気が一段と高まる。司会の男性が魔法具を口元に掲げ、朗々とした声を響かせた。
「皆様ッ! 長らくお待たせしました第零席による祭典――最初の入場者は亜人大陸オルタリスの第零席、ヴィー・オルタ・ロータリス! ベン・ロータリス!」
ヴィーが長い袖を優雅に翻して登場する。厚底のヒールで床を打ち鳴らしながら歩を進め、腰に手を当てて不敵に口角を上げた。ベンが空から舞い降りると、轟音と共に会場が揺れた。巨体から放たれる威圧的なオーラに、観客たちは息を呑み、静まり返る。
隣でエリスが解説を入れてくれる。
「あの二人は破滅の貴族です。神話時代の血を色濃く残しているようですよ」
亜人大陸の会場席が一斉に盛り上がった。その熱気を維持しながら、床を足で一斉に鳴らし鼓舞する。ヴィーが手を上げるとピタッ……と止まった。まるで群れのボスのように統率をとっていた。
司会はそれを確認したのか、次の入場者の名を口にした。
「魔族大陸アビスフィアの第零席――ユーリ・レイ・フィール・グラウィス!!」
彼はたった一人で現れた。足音ひとつ立てず、静寂をその身に纏って歩を進める。目を閉じ、純白の制服を風になびかせ、その手は常に腰の白剣の鞘へ添えられていた。魔族大陸側の観客席からは、亜人大陸のような鼓舞はなかった。
私の龍の耳がユーリとヴィーの会話を聞き取る。
「ユーリ、寂しいなぁ? 今年も応援はなしか?」
「ははっ。そうだね。今年も僕は認められていないらしいね」
「ふん。移り住んでからずっと迫害されてきたくせに、お前んとこの貴族はおとなしいこと、この上ないな」
「まぁね。魔族を別大陸に押しのけた張本人が移り住んできたんだからね。そりゃ迫害くらいは受けるさ。みんな長寿だし」
「力でねじ伏せる……か?」
「さぁ?」
「さすがは最強と謳われるだけはあるな。それも今日までだが」
ユーリは変わらぬ微笑みを浮かべる。ヴィーは鼻を鳴らし、嫌な奴と吐き捨てた。
会場の熱気は、さらに高まっていく。
「そしてついに最後の第零席――人間大陸アストディアのフィアナ・エルワース・ファニスとメリー!」
フィアナとメリーが、その場に突然現れる。一拍遅れて、王族のマントがふわりと翻った。特徴的なオッドアイと相変わらずの無表情。ユーリが気安く手を振る。
フィアナは一切の反応を示さない。逆にヴィーが「無視されてやんのー」と言ってバカにする。
ペアの獣人メリーが小さくお辞儀する。
「よろしくおねがいします」
――そして試合開始の合図。
ヴィー、ベン、ユーリの足元で、色とりどりの炎が渦巻く。フィアナによる無詠唱の先制攻撃だ。だが、その炎の海を切り裂くように、ベンが巨体を沈め、一気に踏み込む。
巨大な拳がメリーの側面に迫るが、フィアナの王族の剣がそれを阻む。
視線を向けることすらせず、フィアナは淡々と剣を抜き放つ。ただそれだけで、ベンの重い一撃を無造作に弾き返した。衝撃波が走り、足下の地面が蜘蛛の巣状に砕け散る。
一方、ヴィーはユーリへと飛びかかっていた。
「楽しもうぜユーリ!」
ユーリは炎の奔流を剣で切り払うと、そのまま流れるような体捌きで飛びかかってきたヴィーを蹴り飛ばした。その足がヴィーに触れた瞬間、彼女の身体が弾き飛ばされ、遅れて衝撃波が観客席へ叩きつけられる。防護術式にピシッ……と亀裂が走った。
彼が剣をさらに一振り。刹那、空中に展開されていたフィアナの追撃魔法陣が、音もなく霧散した。事前に放っていた見えない刃が、術式を寸断したのだ。
ユーリがフィアナへと斬りかかる。剣と剣がぶつかり、甲高い音が連続する。表情一つ変えないまま、二人は目にも止まらぬ攻防を繰り広げた。
フィアナの無詠唱魔法にも関わらず、ユーリはそれすらも斬り伏せていく。剣技ではユーリに分があった。
パチンッ……指を鳴らした音が聞こえた瞬間、地面から数千もの石柱が全員の動きを拘束した。
「このヴィー様を甘く見るなよ」
空へと飛び上がっていたベンが拳を引いていた。拳を囲う大きな魔法陣から荒れ狂う魔力を感じる。
ユーリの剣閃が走った瞬間、石柱は賽の目に砕け散る。入れ替わるように、会場の遥か上空、決闘場を飲み込まんとする巨大な魔法陣が展開された。フィアナが第七階梯魔法を起動し、すべてを吸い込む引力が渦を巻く。
それに気づいたのか、ベンは拳を叩きつけることをやめ、地面に着地する。
ベンは三つの魔法陣を重ねて咆哮を放ち、フィアナの第七階梯魔法を迎撃する。二つの第七階梯魔法が激突し、爆風が轟音と共に荒れ狂う。学院の結界を突き抜けた衝撃は、街の空気を震わせるほど凄まじいものだった。
笑いが込み上げてくる。これで彼らは「手加減」している。本気で戦ってしまったら会場が持たないことを知っているからでしょうね。
余波で会場が煙に包まれる中、連鎖するように大量の魔法陣が空中に出現する。ベンは再び魔法陣破壊のために咆哮準備に入っている。そしてヴィーは指を鳴らす準備をしていた。
――次の瞬間、歌が聞こえた。足元から周囲へ、金色の魔力の文字が奔流のように駆け巡る。ヴィーの顔が引きつった。
煙の隙間から歌を口ずさむユーリ。その純白の剣と地面が触れた。心地よい音色と共に彼は言った。
「彼女と約束をしたからね」




