人形少女
背筋が凍りつくような威圧感。第零席のような強者が身にまとう、異様な雰囲気だ。私の龍の魔力さえも荒波のように脈打ち、警鐘を鳴らす。私とマーカスは、その存在感の正体に釘付けになっていた。
「あなたが新しい第零席?」
大きな棺を背負いながら足を引きずる長身の男。逆三角形の体に張り付く黒いシャツ。青い瞳に少し崩したオールバック。最も異様なのは、背負われた棺。魔力の流れる鎖がその棺を囲っている。
私の問いかけに、彼は答えない。眠そうな目を私に向けるだけだった。マーカスが臆することなく棺へと近づいていく。
「こいつは……すごい」
マーカスの感嘆に、長身の男がぴくりと眉を動かす。やがて、気だるげな低音が響いた。
「じいさん。分かるのか」
「構造は現代魔法術式にかなり近い。だが、独自の術式が複雑に組み込まれとる。つまり現代魔法術式にあって、現代魔法術式にあらず。第三の魔法術式の可能性……これほどの術式、見たことがない!」
マーカスは触りたそうにうずうずしている。
「その棺を少し見せてもらってもよいか?」
「……断る――と言いたいが、見るだけならいい」
ドサリ、と鈍い音が石畳を揺らした。彼は背負っていた棺を地面へ下ろし、無造作に一歩だけ離れる。重厚な黒鉄が放つ冷気を感じながら、目を輝かせたマーカスがその分厚い手袋をつけたまま近づいていく。そして少し離れた場所にもう一人、その棺に興味津々な子がいた。
私はフランの手を優しく引いた。
「見たいんでしょ? あなたも。お願いしてみたら?」
「えっ……うん。あ、あのっ……見てもいい?」
彼は直接触らなければ別に構わないと言った。フランは目を輝かせてトコトコとマーカスの隣へと歩いていった。マーカスは棺の魔法術式を展開する。
――直後、空気がびりびりと震えた。赤く輝く魔法陣が幾重にも広がり、私たちを囲んでいく。マーカスは口元を緩め、フランは一つ一つの術式を追うように忙しく目を動かしていた。
興奮している二人をよそに、私は彼に近づいた。
「あなた……ずいぶんと大事そうに棺を運ぶのね。必要以上に力が入っていたわ」
「気のせいだ」
「どうせだもの。少しお話しましょうよ。私の質問にも答えてくれていないようだし」
彼は、ポケットに手をいれながら深くため息をつく。
「俺の名はセリウス。俺は第零席に興味はない。そこそこの順位で卒業できれば充分だ」
「ふーん。そこそこの順位に目的があるのね」
私が深読みしたことを少し鬱陶しそうにまたため息をつくセリウス。
――ガタッ。
棺が少し動いた瞬間、フランが悲鳴をあげながら私に飛びついた。ふにゅっと柔らかい感触と甘い香りが全身を包み込む――あ、あ、全部どうでもよくなったわ。
――ガタッガタタ……ギィ……
棺が少しずつ開いていく。閉じ込めていた鎖はゆっくりとほどけ、地面に重たい音を響かせた。棺から少女が起き上がる光景を、吸血鬼の私が眺めている。なんとも妙な話ね。
中から一人の少女が姿を現す。ゴシックな服装に、ワインレッドの美しい髪を持つ……人形。血色のいい肌と、華奢な体。今にもどこか消えてしまいそうな少女は半眼で私とフランを見上げる。
「はぁ。セリウスのため息が伝染るわ。騒がしいから出てきてみれば、あなたが棺を見せるなんて不思議なこともあるものね」
セリウスは後ろ髪を掻きながら言い訳をした。
「悪意がなかったんでな。見せてやってもいいと思ったんだ」
「少女の寝床を見せるなんて、デリカシーのない子ね」
彼女は少しだけ頭を下げて自己紹介をした。
「こんにちは。オートマトンの出来損ない、リゼット・アルカ・ラルベットよ。自己紹介が必要なら教えてあげるわ。……クラウンノワール第七席、それが私達の序列よ」
私はじとーっとセリウスを見た。
「ふーん……そこそこの順位でいい。だったかしら?」
彼はめんどくせえとつぶやき、リゼットに背を向けた。彼女は少しだけ頬を膨らませ、フランに目を向けた。
「怖がらせてごめんね。襲ったりしないわ。おいで」
そっと手を差し伸べる彼女の手を、フランは恐る恐る手にとった。にこっとリゼットが笑みを見せるとフランは安心したように抱きついた。
微笑ましい姿を眺めるのもいいけれど、どうしても気になることが一つあるのよね。私はセリウスに近づいてこう問いかけた。
「あの子――血が通っているのね」
私の龍の目が彼を捉える。そんなちょっとしたお遊びにも全く動じない。
「少し事情があってな」
「ふーん。さぞかし重そうね?」
彼は目を伏せながら、大した話じゃないと呟いた。
「俺がこの席にいるのは、どんな手段を使ってでも成し遂げなきゃならないことがあるからだ」
彼の目はフランの胸に埋もれて瞳孔を揺らしているリゼットへと向いていた。
「ふーん。素敵な主人様ね」
「主人……といえばそうかもしれねぇな」
含みのある言い方をした彼は、私とすれ違った。そして倒れそうになったリゼットを支える。フランが慌てて離れた。
「ごっ、ごめん。私のせい? 苦しかった?」
リゼットは首を横に振った。
「違うの。この時間はいつも眠気が強いから……少し起きているのがつらくて」
彼女はセリウスに抱きかかえられながら、棺の中へと収まった。鎖が自動的に棺を包み込む。
「俺は用がある。もういいか?」
魔法術式が回転しながらカチッとハマるように収縮し、収まっていく。まるで繊細な時計のよう。
マーカスは手袋を外してセリウスに握手を求めた。彼は、不慣れな握手をしてその場を後にした。彼を見送った後、私は頭の中で考え事をした。
――オートマトンに、血が流れている。血色のよさ、受け答え、豊かな表情。どれをとっても機械とは思えない。赤い魔法術式と、第七席という序列も不気味に響く。
もしも、人の命を素材に作り上げたのだとしたら――それは決して触れてはならない禁忌。
どんな手段を使っても。その言葉が妙に私の耳に残った。




