↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/95

遭遇

 数日後、私は教室の中、一人で掃除するエリスの影でプカプカと浮かんでいた。影から騒がしい教室の様子を眺める。学院祭のために生徒たちまで駆り出され、会場の整備や装飾、魔法設備の点検などを割り当てられていた。


「イルナさん……手伝ってくださいよ……」


 私は影の中から声だけをエリスに届ける。


「いやよ。面倒だもの。お掃除頑張ってね」


 エリスは「むーっ」と風魔法を操りながら、不服そうに頬を膨らませていた。フランは術式が読めるということで各魔法術式の動作確認や、避難経路の転移術式の調整に追われ、クローネはそのサポートをしている。


 私たちは黒本事件のこともあり、簡単な仕事を振り分けてもらった。私はあくびを噛み殺しながら、他人事のように言葉をこぼす。


「さすがは学院祭と言うべきかしら。貴族や他大陸の学院関係者だけでなく、一般人も来るのでしょう? 安全対策にやたらと熱心ね」


 その皮肉にエリスはいとも簡単に気づく。


「そうですね……去年の学院祭よりかなり入念という感じがします。黒本事件は落ち着いてはいますが、元凶は見つからないままですから。それに、頻発し始めたオートマトン事件のこともあります」


「けれど、学院祭を中止にするわけにはいかない。ということでしょうね。安全を考えるのであればやらなければいいのに」


「そうは行きませんよ……学院としての誇りもありますし、大規模な祭りだけあってかなりの経済効果があるみたいですから。それに各学院の第零席が力を見せることで学院の優秀さをアピールする目的もありますから」


 チャイムが学院全体に響き渡る。私は影の中から、まるで水面から浮上するように姿を現した。


「ごはんよっ! 行きましょエリス!!」


「……元気ですね。主人一人に働かせてご飯だけを食べようなんて」


「あら? いいじゃない。まだ本調子じゃないのよ」


「嘘ですよね?」


 私は気にすることなく大きな一歩を踏み出そうとした。だが次の瞬間、まるで金縛りにでもあったかのように全身が強張る。


「うっ……エリス?」


 私の体内で契約が発動し、強制的に動きを封じられた。エリスが、抗う余地も与えず私を止めたのだ。


「主人一人にお仕事させるなんて悪い従者ですね?」


「ずいぶんと大きく出れるようになったわね」


「たまにはいいじゃないですか」


 エリスが正面へ踏み込み、唇を優しく重ねてくる。最初の頃のようなたどたどしさは消え失せていた。互いの息が混ざり合う、舌を絡めない静かなキス。その熱が、わずかに喉の奥を掠めていった。




 ――その後。私達はお弁当を持って中庭のベンチに来ていた。フランとクローネが待ち合わせ場所へやってくる。彼女たちは手をおおきく振りながら近寄ったが、エリスを見た瞬間に目を細めた。


「……エリスあんたどうしたの」


 エリスは弁当を広げるどころではなく、ベンチの上で小さく身を震わせていた。先ほどの余韻が残っているのか、ピクッ、ピクッと腰がはねる。その光景に私は苦笑しつつ、二人に向けた。


「ちょっとした『つまみ食い』よ」


 クローネたちが顔を見合わせ、呆れたように、けれど少しニヤついた笑みを浮かべる。「あー……なるほど。二人の時間をそんな風に過ごしてたんだ」


 エリスが顔を真っ赤にして「ち、ちがっ……」と慌てて否定する。ふふっ、私に挑もうだなんて、まだ早いわよ。



 約一名を除いて私たちは食事を始めた。私は影の中に保存していたサンドイッチを頬張る。エリスから吸血による魔力供給ができるようになった今、空腹を満たすためだけに大食いする必要はない。けれど、純粋に食事の時間が好きなのだから、たくさん食べることに変わりはないわ。


 お腹を丸くした私はお茶を飲みながらこう呟いた。


「そういえば、学院祭には王族も来るのよね。ということはあの王と、仮面の王族の子も来るのかしら?」


 フランが少し気まずそうにしながら、そうみたいだねと呟いた。私は首を傾げながらベンチに横たわる。



 ――あの仮面の子も、元第零席と同じくらい強いのかしら。




 準備は滞りなく進み、学院祭前日となった。大半の準備は終わったようで、その日一日は休みを言い渡された。私たちは中庭でのんびりと空を見上げていた頃。



 地面を揺らす重い足音が、ものすごい勢いでこちらへ迫ってくる。私は呆れ混じりに溜息をついた。それが誰だか、もう分かっていたからだ。


「前日だと言うのに来たの? 元気なのねおじいちゃん」


「誰がおじいちゃんじゃ!!」


 ドワーフのマーカスが、怒りの形相で私の目の前に飛び込んでくる。肩で息をしながら、ギラついた瞳で私を睨みつけていた。


「わしの店をなんじゃと思っとるんだ!! 手紙で呼び出した上に『どうせ暇でしょ?』じゃと! ……そうじゃが!」


「結局暇なのね……」


 声マネをしながら訴えるマーカスにため息をつきながら、私は彼を歓迎した。


「わざわざごめんなさいね。事情は手紙に書いた通りよ。少し調べてほしいことがあるの」


「仕方ないの……そんな面白そうなもんがあるのなら、わしも見てみたいわ。お主の意識を閉じ込めるなんぞ、興味深いにもほどがあるわ」


「でしょ?」


「む……その前にお主、魔力量が――」


「少しいろいろあったのよ。すごいでしょ?」


「……口にした方が良いのか?」


「お好きにどうぞ?」


 マーカスは口を閉ざした。厳重に隠しているはずの魔力量だが、彼には隠し通せないらしい。龍と同等の魔力を抱える私を、第零席でもない彼が真っ直ぐに見抜く。さすがは至高評議会所属の魔法技師といったところね。


 彼はモノクルをつける。そして分厚い手袋をはめると、黒本を出すように言った。私の渡した黒本を受け取ると、軽く確認。持参した特殊なカバーをつけ、自分のカバンへとしまった。


「少し時間がかかるがよいな? これはわしが預かっておく」


 彼がそう言った、直後のことだった。


 ――背後の校舎から、何かを引きずるような音が響く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。