幕間二 クローネ視点
「は……?」
思考が停止した。当たり前でしょ。あの元気っ子のフランが……王族? あの第零席の妹だなんて、信じられない。呆然とする私をよそに、フランは視線を斜め下へ落とした。下唇を噛み、きゅーっと目を瞑って、あふれ出る恥ずかしさを必死に隠している。
「ははっ、あはははっ。バカらしっ。何あんた、カッコつけたの?」
呆れ混じりに笑い飛ばすと、フランはむきになって頬を膨らませた。
「ちっ、ちがうもん! 王族として出る時はこんな感じだもん!」
一気に緊張の糸がほどけ、私は笑い声を漏らしていた。髪を揺らしながら数歩進み、フランを強く抱きしめる。
「ありがと。怖かったでしょ。ずっと、隠してたんだ」
「……うん。本当はダメなの。内緒にしてくれる?」
「当然でしょ。あなたのペアなんだから」
伝わってくる心臓の音は、あまりにも早かった。抱きしめ合ったまま、フランはぽつりぽつりと自分の秘密を紡ぎ始めた。耳元で震える吐息と共に流れ込んでくる言葉を、私はただ黙って受け止めた。
「私はね、ママが側室なんだ。ママは私を生んだ時に死んじゃった。それでね、オッドアイだったけど私は固有能力を受け継げなかったの」
「じゃあ……エリスと同じ……」
「うん。私の能力はテイマーだった。それに、ママが死んじゃったことで貴族としての価値も無くなっちゃったみたいでさ。国王陛下は男を望んでいたのに」
「そっか」
私は何も言えなかった。私もそうだから。爵位を受け継ぐのであれば男を求めるのは当然のこと。それでも、こんな扱いをすることないじゃない。
「でもね、私が生まれたことは世間に伝わっちゃった。だから恥をさらさないように常に隠すように命じられたの。王族としての名前も隠された。特に、エルワースっていう王族の証だけは絶対に。この王城ではみんな私をいないものとして扱うんだ。外に出るためには魔法術式で片目を隠さなきゃいけなかった」
「それであんた……魔法術式の理解が深いんだ」
「うん。他にも理由はあるよ。それはこの後見せるね」
どうしてこの子が人懐っこいのか。甘えてくるのか。ようやく分かった。
――幼い頃に満たされなかったのだ。母の温もりを知らず、いないものとして扱われてきた孤独が、今の彼女を作った。
フランが少しだけ離れ、私と目が合う。
「でもね、お姉ちゃんは小さい頃はたまにお話してくれたんだ。少しだけ……」
唇が近づいてくる。鼓動が耳の奥で激しく打ち鳴らされ、逃げ場を失った視界が彼女の瞳だけに染まっていく。
「ちょ……フラン……?」
「私、何も分からない。お友達ってなに? 分からない。みんなのマネをしてるけど。分からない。ペアってどうすればいいのか、分からなかった」
息が混ざり合う距離で、フランが止まる。
「エリスちゃんと、イルナちゃんみたいに、キスをすればいいの?」
「あっ、あれは特殊よ……!」
「……してみたい。いつも私だけ、置き去りだから」
唇越しに伝わる彼女の本音が震えている。昔の私なら即座に蹴っていたはずの提案。
……あのバカのせいで、私の理性がひどく頼りないものになっている。
――この子に答えたい。
「イルナみたいに……うまくできないからね」
私がそう告げて顔を寄せると、フランは小さく頷いて目を閉じた。
「うん……んむっ」
私は唇を押し当てた。自分から仕掛けるのは、こんなにも難しい。いつも、されるがままだったから。いつもの癖で舌先を添えると、フランの唇が微かに震える。戸惑いながら重なった舌先から、互いの熱が移ろっていく。
小さくて、硬い。緊張してるんだ。
「んぁっ」
一瞬、離れた時にフランの甘い吐息が漏れた。私は逃さないようにまた塞いだ。少し柔らかくなってきた。自分から、動かし始めてる。
頭がぽわーっとしていく。フランの背中から肩、腕、手首へと指を這わせ、絡めとった手から鼓動を感じる。時折、彼女の体がビクリと跳ねる。その間隔が徐々に短くなっていく。
――パッと、フランが唇を離した。目を閉じ、天を仰いで全身を強張らせたかと思うと、次の瞬間、カクンッと糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
「……あ、れ……?」
何が起きたのか理解できていないのか、フランはとろりとした瞳で私を見上げていた。かくいう私も、膝が笑って腰から力が抜けそうだ。
「ふー……ふー……」
私は、半分目を閉じながらどちらのものかも分からない唾液を袖で拭った。癖になる。イルナの気持ちがよく分かってしまう自分が少し嫌だった。
フランの頭を優しく撫でた。
「今はその心地よさを観察するだけでいいよ。それがなんなのか、分からなくてもいい」
「ほわーってする。チカチカッてなって、なんか」
「いっ、言わなくていいのっ!!」
自分の行動に顔が熱くなる。照れ隠しに叫ぶように言い捨て、私は片手で顔を覆いながら深くため息を吐いた。
やっちゃった。相手がフランなだけあって、罪悪感がある。でも、後悔はない。
――十分ほどすると、フランも熱が落ち着いてきたらしい。フラフラしながら、壁伝いに立ち上がる。
「うぅ……すごかった……」
「いちいち感想なんて言わないの……」
「気をとりなおして、私がここに来た目的を言うね。私がいつもいなくなるのはね、王族としての役割を果たすことと、あの子に会いに行くこと」
まだ火照った顔で、彼女はそっと奥にあった扉に指先を這わせる。
「この奥の部屋ね、魔法術式でガチガチに囲まれてるんだ。……この先はね、完全に閉じ込められてて、ここからじゃ音も届かない。私は、この奥の部屋のあの子をラビって呼んでるの」
「ラビ?」
つまり、誰かが閉じ込められている? 私は思わず息を呑み、固く閉ざされた扉の先へと視線を注いだ。
――フランが触れた瞬間、扉に刻まれた魔法陣がカチッと音を立てながら回転していく。キィ……という錆びた音を立てながら、その閉ざされた部屋が露わになる。




