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吸血

「ねぇ、エリス――血をいただいてもいいかしら?」


「イルナさん……いいんですか?」


「いいのよ。アンナはね、私を苦しめたいとは思わないはずだから。大丈夫、ちゃんと――彼女を大切に思い続けてる。薄れたりなんてしないわ。受け止めてくれる?」


「はい……イルナさん。私は初めてなので……優しくしてください」


私は彼女の首筋に、そっと牙を立てた。じわりと広がる熱に、彼女の背中がびくりと跳ねる。


「んっ……あぁっ! んんっ……!!」


 エリスは全身を駆け巡る快感に下唇を噛み締め、必死に声を殺していた。両足を無意識に擦り合わせるたび、隙間に挟まった私の太ももが熱く圧迫される。

 口内を満たす温かな血の味は、甘美な媚薬のように喉を通り過ぎる。背中に突き刺さる爪の痛みさえ心地よく、私は彼女の荒い吐息を肌に感じながら、この蜜月を貪った。



「イルナさ……げんか……いっ……んっ!!」


 腰が大きく跳ねる。カパッと私は牙を離した。


「はぁ……はぁ……イルナさん。吸血ってこんなにえっちなんですか?」


「そうよ?」


 ポタッと、口元から溢れた血がエリスの頬を伝う。私はそれを惜しむように、舌先でゆっくりと舐め取った。


「ほわっ……!!」


 ブルッと彼女が震える。私は再びキスをした。甘い血が、お互いの唾液で溶け合っていく。エリスの手が、私の背中をぐっと引き寄せる。


「イルナさん……」


 ――私たちの甘い契約は、仮ではなくなった。眷属ではないものの、明確な主従契約が、魂に刻まれる。熱が引いた後、彼女は火照った頬で下腹部の紋様を、恐る恐る指先でなぞった。


「あの……ここに紋様、出るんですか? なんか……凄くえっちな場所じゃないですか……っ!」


「あら? いいじゃない。興奮するでしょ?」


「で、でもでもっ!!」


「さっさとお風呂に入ったほうがいいわよ? こんなところ見られたら……気まずいわよ?」


「うっ……そう、ですね」


「……アン、イルナサンモットハゲシクー」


 私は先ほどのエリスの声をそのまま模倣して呟く。


「いやぁぁああ!! 言わないでください!! 今の命令です!!」


「あははっ。冗談よ。私たちだけの秘密ね」


 彼女がお風呂へと駆け足で走っていく。私はクスクス笑いながら後片付けをする。影は液体という液体を飲み込んだ。


「ふぅ……これでいいかしらね。クローネのことだもの。匂いだけでも気づいてしまうかもしれないわ。まぁ、それもそれで楽しそうだけれど」


 クスッと笑い、私は腰掛けた。エリスが飲んでいた冷めた紅茶を口に含む。


「甘い……ねぇアンナ。あなたが教えてくれた温もりのおかげで、私は今、こうして笑えているの。あなたの選択を否定はしないわ。あなたが幸せだったと言ったのだから。けれど……やっぱり、どうしても寂しいわよ」


 亡き友へ零した言葉は、誰にも届かない独り言。私は今の幸せを噛み締めながら、遠い過去に想いを馳せた。



「アンナ、私は今――幸せよ」



 ――一時間後、クローネ達が帰ってくる。私が起きているのを見た瞬間、フランだけでなく、クローネまで私に飛びつくように抱きしめてきた。


「きゃっ……! あなたたち、ちょっと……!」


「うっさい! いつまで寝てんのさ! 心配したのよ!」


「うぇーん!! イルナちゃん! お目々覚ましたぁ!!」


 ぎゅーっと力いっぱい抱きしめられる。私は思わず笑みをこぼした。


「待たせてごめんなさい。ただいま、二人とも」


 二人は何度も「おかえり」と繰り返しながら、目元を濡らしていた。ようやく落ち着きを取り戻したのは十数分後。私たちは久しぶりにベッドへ並んで座り、とりとめのないお喋りを楽しんだ。


「そう、もう第零席のフィアナは卒業してしまったのね。手伝ってくれたことにお礼を言いたかったのだけど」


 クローネが目を赤く晴らしながら「チャンスはあるわよ」と言った。


「次の学期に学院祭があるのよ。各大陸から前年度の第零席が集まって模擬試合をするから、チャンスはあるわ。今年はうちの学院が会場だからね。……あ、大陸は三つ。私たちがいるアストディアに、亜人のオルタリス、魔族のアビスフィア。全部から来るから楽しみにしてて」


「なら良かったわ。そういえば、なら今度の第零席は誰になるのかしら?」


「さぁ? まだ休みだし。次の学期で分かるでしょ。まぁあの第零席より強いとは思えないけどさ」


「そうね。無詠唱魔法に全属性魔法。普通は一から三種ほどが限界だもの。基礎魔法ならまだしも、第六階梯魔法をぶち込みまくってたわよ。最後なんか、第七階梯魔法、禁忌階梯も使おうとしたもの。どうせなら見てみたかったけれど……」


「まぁ……さすがに祭りで禁忌階梯は使わないだろうし……」


 私たちの目標は第零席。それを考えると、禁忌階梯魔法を使いたいのよね……相手次第だけれど。私のあの第七階梯魔法は殺してしまうし。他の第七階梯魔法で渡り合えるのであればいいけれど。



ふと、クローネが私たちの顔を交互に覗き込み、眉間にしわを寄せた。鼻先をくんくんと動かす。


「なんかあんたたち……あった? 少し変っていうか、空気が甘いっていうか……」


 鋭いわね、この子。かすかに残る血の匂いに気づいたのか、あるいは私の纏う妖艶な気配を察したのか。


「あっ……エリス、それっ!!」

 クローネの指先に視線を向けられ、エリスが悲鳴を上げる。


「ひゃっっ!?」


 エリスは慌てて襟元を掻き合わせ、首筋の噛み跡を隠した。


「ははーん。吸血したってわけね。そう……良かったじゃない。でもなんで恥ずかしがるの?」


「そっ、それは……」


 えっちすぎるから、なんて言えるはずもない。私は隠しきれない高揚感を抑え、少しだけ妖艶な笑みを浮かべてクローネへと距離を詰めた。


「試してみる? 吸血行為」


「な……なんか嫌。何考えてるの? 怖い怖い! 却下!」


「いじわる」


「あんたがそういう表情する時、絶対に私の余裕が無くなるのよ!!」


 フランが両手を広げる。


「私は大歓迎だよー。はい、ちゅーってして!」


 エリスが割って入る。


「だっ、だだだだめです! もう少しだけ……私だけのものに……させてください」


 声がどんどん小さくなってく。フランはわからないという表情をするが、はーい分かったーと頷いた。

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