目覚め
今日は、三年生の人たちが卒業する日でした。私たちは一年生から二年生になりますね。一緒に……喜びたかったです。
――第零席のフィアナさんも卒業です。全員の前に立って、第零席として言葉を残すのが普通なのですが、相変わらず無言でした……壇上の背中は、どこか遠くへ消えてしまいそうな雰囲気がありました。
ちなみに、第零席のまま卒業したフィアナさんには特権が与えられるらしいです。オーディネイトという称号を得て、治外法権の存在となるのだとか。
さらに世界の法を動かすことの出来る至高評議会に入る権利すら与えられます。噂では至高評議会には入ったみたいですよ。それともう一つ、学院から叶えられる範囲でどんなことでも叶えてもらえるそうですが、なんの要求もしなかったようです。もったいないですよね。
――卒業式の後、私はイルナさんを連れて寮に戻りました。クローネさんとフランさんは用事があるみたいで、どこかに行ってしまいました。ノックが鳴って、出てみるとクローネさんの元ペアの子がまたイルナさんに会いに来ていました。
イルナさんを見ると、苦しそうな顔をして何度か呟いた後に頭を下げて行ってしまいました。嫉妬です。あの子にばかり向けられるイルナさんの苦しげな顔が、どうしようもなく私を刺しました。
二人きりになったので、いつものように、お世話をしていたときでした。
「イルナさん……今日は卒業式だったんです。早く目を覚ましてくださいね。教えなきゃいけないこといっぱいあるんですよ? それに……キス、しないと。もう契約切れちゃいました」
指先で自分の舌をなぞる。かつて舌に描かれた契約の印は消えてしまっていて、何の反応も示さない。私は、イルナさんが廃人になってから、何度も、何度も命令をしました。でも、ダメでした。
私、毎晩泣いているんです。さみしいですよ。イルナさん。一緒にいるのに、一人ぼっちみたいで。すごく……
「アン……ナ、わたっ」
「イルナさん?」
また、あの名前。けれど今日は、言葉が続いている――私は息を呑んだ。
「し、ないで」
「どうしました? イルナさん! 私です! エリスですよ!!」
ぽたっ……ぽたっ……とイルナさんが溢れんばかりの涙を流し始めました。痛みに耐えるように顔を歪め、すがりつくような震え。私は反射的に彼女の体を抱きしめました。
「イルナさん、イルナさん!!」
イルナさんは力なく、私の腕を掴みました。二度と離さないかのような、強い意思を感じます。
「しないで……一人に、しないで……どうして?」
「しませんよ……ずっと一緒です。イルナさん」
「アンナ……吸血鬼に……私っ、お願い――死なないで」
「イルナさん……」
まだ、私を見てない。だったら、抱きしめます。ずっとずっと。例えその瞳が私を映していなくてもいい。私はあなただけを見ているから。
「エリ……ス?」
私の鼓動が跳ねました。名前を、呼ばれた? 偶然? 震える声で、私は返事をしました。
「はい。エリスですよ」
「お願い……一人に、一人にしないでっ!!」
子どもがお化けを怖がるような表情。その目には生気がありました。私は優しく抱き寄せます。
「はい。しません。私はずーっと、イルナさんの隣にいますよ」
「エリス? エリス?」
「はい」
子どものように泣きじゃくるイルナさんをずっと抱きしめていました。誰にも救われず、一人で泣いたあの夜とは違う。今度は私が、あなたを抱きしめる番だ。
ずっと、一人にしないで、どうして、アンナ、私は何を間違えたの。溢れ出る言葉はどれも痛々しいほど弱々しくて、胸が締め付けられます。
「何も言わなくてもいいですよ。どんなに隠されても、私はあなたの隣にいます」
――イルナさんが落ち着いたのは、それから一時間後でした。でも、まだ体は小刻みに震えていました。刺激しないように、抱きしめながら毛布に二人でくるまった。私の腕の中で、疲れた顔のイルナさんが小さく体を丸める。そして、彼女は震える声で囁き始めた。
「私は……どれくらい寝ていたの?」
「三か月です」
「ごめんなさい。禁忌の書を取り込むのは悪手だったわ」
「いいんですよ。私は迷惑だなんて思ってません。イルナさんがしたことを失敗だと責めるつもりもありません」
「クローネとフランは無事?」
「はい。元気ですよ。でもやっぱりイルナさんがいないと寂しそうです」
クスッと、少しだけ笑ってくれました。
「相変わらずいい子なのね。弟とはどうなったのかしら?」
「ほんの少しだけ仲直りしました。でもほんの少しだけです。まだ許してません」
「そう……良かったわ。あなたがそう思えるのなら、それでいいわ」
たくさん話した。言葉は少ないけれど、たくさん。イルナさんが、私の胸に、頭を擦り付けてきました。少しくすぐったくて、笑みがこぼれてしまいます。イルナさんは顔を埋めながら、ボソッと囁き始めました。
「夢を――見ていたの」
「夢ですか?」
「とても、とても懐かしい夢」
「悲しい夢ですか?」
「大切な……夢とも言えるわ。私が龍の姿でギガスと黒本を口にした後、私は黒本の支配を始めたわ。龍の魔力で術式を解析し、魔力の置換を試みたの。でも……その最中に精神を浸食されてしまった。ほんの少しの汚染だったけれど、見てしまったわ。私にとって、とても辛い記憶をね」
「それでずっと……」
「そうよ。出てこれなかった。自我は溶けて、夢を追体験していたの。マスケット銃を手に入れた経緯、話したでしょう? あの時、私が言ったこと覚えてる? 『大切な人を失っていた私』って言ったの。その大切な人を亡くした時の記憶なのよ」
イルナさんの手が、震える。それでも、彼女はその時の記憶を事細かに話し始めた。




