アルバートとの決闘
アルバートは背を向け、遠く離れた席へと足を進めた。それを見届けたエリスは緊張の糸がほどけたように力なくイスに座り込んだ。
「はぁ……緊張しました……」
「ありがとね。私のために怒ってくれたのかしら?」
エリスははにかみながら「はいっ」と軽やかに笑った。
「イルナさんは、私の大切なパートナーです。たとえ弟でも侮辱することは許せませんでした。恐怖は、ありました。でも、今はそれよりも怒りのほうが上回ったんです」
私は身を乗り出して、彼女の頬にキスをした。
「あなたはね、強いの。ずっと小さい頃から怯えるように教育されてきた。だから強いことを自覚できなかっただけ。たくさんの小さな成功があなたを強くしたのね。って、堅苦しいことはやめましょ。素直に言うわ――嬉しい」
「――ッ!」
エリスは視線を落として、両手を太ももに挟み、もじもじとこすり合わせていた。私はクスクスと笑いながら残りも食べてしまいましょと笑った。
その日の夜。寮の部屋で、クローネが大声を上げる。
「はぁ?! 弟に喧嘩を売ったぁ?!」
「はっ……はい」
エリスの小さな返答に、クローネは信じられないという表情。
「よくそんなことできたわね……でも大丈夫なわけ? だって今あいつら二百位前半とかでしょ? それに……黒本持ってたら」
「大丈夫です。イルナさんがついてますから」
「まぁ……そうだけど……」
クローネの不安は消えないらしい。私の強さには納得しているようだけど、やはり順位と黒本のことが気になるようね。自分のベッドに腰掛けているクローネに私は近づいた。彼女の膝の上に乗って抱きしめる。
「私がちゃんとついてるわよ。あなたの大好きなエリスを守ってあげる」
かぁーっとクローネの顔が赤く染まっていく。
「なっ! 大好きってそんなんじゃないし!」
「はいはい。あなたたちも万が一の為に見に来てくれるのでしょう? もし黒本が暴走して、私だけじゃ手を付けられなくなったら、助けてちょうだい?」
「んっ……分かったわよ。仕方ないわね。あんたに頼られるなんて滅多にないし」
「はい。じゃあお礼のキス。んーっ」
「はっ?! ちょっ、んっ……あっ……離れっ。んんんん!!」
エリスよりもさらに小さなお口の中に、私は躊躇なく舌を滑り込ませる。抵抗の声をあげる割に、すぐに私の舌を迎え入れて蕩けてしまうのだから、本当に可愛い子ね。
――けれどその最中、横からの視線に私の肌がぴりりと反応した。フランが顔を隠しながら隙間から凝視しているのは微笑ましいけれど、もう一人。エリスが胸を押さえたまま、あからさまに目を逸らしつつも……時折、嫉妬に満ちた視線でこちらをじっと盗み見ている。少し膨らんだその頬が、たまらなく愛おしい。
「ひゃーっ! いっぱいちゅーしてるーっ!」
これ以上エリスの機嫌を損ねては明後日に響くわね。私は名残惜しさを感じつつもクローネの唇から離れた。解放されたクローネは、ピクッピクッとベッドの上で横たわったまま、すっかり骨抜きにされて伸びている。
「ごちそうさまっ」
「あっ……っ……」
数分後。回復したクローネはシーツで体を覆い隠しながら、枕を抱っこして会話に参加。そんなに防御姿勢取らなくてもいいのに……まだ顔を赤らめた彼女は、気を取り直していつ決闘をするのかと尋ねてきた。
「そうねー。向こうの書類次第だけれど、明々後日くらいじゃないかしら。休日前ということもあるし、彼はおそらく人を集めるでしょうから。貴族としてのプライドね。姉へ屈辱を与えたい。自分を誇示したい。次期当主としても必要なことだもの」
「対策とかは取るの? 例えば相手の情報を集めるとか」
「そのへんは問題ないわよ。一番近くで見ていた子がいるんだから」
「あっ……そっか」
私とクローネはエリスをじっと見つめた。
「うっ……はい、よく知ってます。同じ――炎の貴族ですから」
決闘当日の朝の教室。周囲は私たちの噂でもちきりだった。
一つ。アッシュがノワールに挑むということ。二つ、十二の貴族のぶつかりあい。三つ、姉弟対決、四つ――どちらも席順位を駆け上がってきたと噂のあるもの同士の対決であること。
まるでちょっとしたお祭りのように騒がしい。クローネの元取り巻き、あのカールした髪の子は、私に対して「イルナ様……! 頑張ってください!」と熱いエールを送ってきていた。他の取り巻きはいまだ動揺を隠せないようで、後ろから見ているだけ。
「ありがと。大丈夫よ。私とエリスならパパッと勝つわ。これは観客席も埋まってしまいそうね」
「ですねっ! でも絶対に入り込みます……! イルナ様の活躍がみたいです!」
「楽しみにしているわ。そういえば、あなた達が持っていた黒本はどうしたの?」
「イルナ様に言われた通り外れでした。それに最近は物騒な噂もありますから使わずに処分です。お金は痛いですけど……」
「そう。いい判断よ」
「はいっ!」
彼女は背を向け、るんるんで自分のグループへと帰っていく。不思議なファンができたものね。私、あの子に対して、脅しと失禁しかさせてないのだけど……名前くらい聞いておこうかしら?
――太陽は傾き、燃えるような夕刻の光が第一決闘場を満たしていた。観客席はアッシュとノワールのぶつかり合いを見ようとする生徒たちで溢れかえり、地鳴りのようなざわめきが響いている。
クローネや元取り巻き達は最前列を確保できたみたいね。少しお互いに気まずそうだけど……まぁいいでしょう。フランは……落ち着きがないわね。右左と行ったり来たり。
さて、私の大事なパートナーは――。隣に立つエリスの肩が、僅かに硬直しているのを私の目は逃さなかった。私はポンッと、彼女の背中を優しく叩く。
「保証するわ。あなたは必ず勝つ」
「イルナさん……」
「終わったら契約更新しましょ。最初の頃のようにシャワー室でしましょうか?」
「なっ……! しっしませんっ!!」
「ふーん? 期待してるんじゃないの?」
「そんな……こと」
照れてうろたえるエリスの反応に胸を撫で下ろしたのも束の間、私の感覚が、対面から近づいてくる不快で傲慢な魔力を正確に捉えた。決闘場の空気が、一瞬にして氷結するように引き締まる。
エリスと同じ、エンバー・ヴォルド家の細剣を腰に差したアルバートが、風を切るように堂々と私たちの眼の前へと歩み寄ってきた。その後ろには、長いローブで全身を不気味に隠した魔術師風の青年が、不気味な影のように従っている。
「緊張感がないんだね。姉さん」
その歪んだ笑み、いつまで保てるかしらね。せいぜい今のうちに大口を叩いておくといいわ。エリスは何も言い返さず、ただ静かに腰の細剣へ手をかけた。静寂のなか、二人の間に火花が散る。




