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 エリスは学生証を受け取り、クローネ、フランに別れを告げる。


「それじゃ……私とイルナさんはナイトの食堂に行ってきますね」


 フランがさみしーっとギャン泣き。呆れた顔でクローネが抱きついて抑え込む。


「はいはい。さっさと行きな。どうせ食べ終わったら合流するんだからさ」


 エリスがぺこっと頭を下げて、私の手を引いた。私は少し振り返りながら、軽く手を振った。



 ――ナイトの食堂。以前の食堂とは違って、丸テーブルにシーツが被せられている。注文はウェイトレスかウェイターが足を運び、伝えるスタイル。内装はまさに高めのレストランと言った雰囲気。ざわついていた以前とは違う静かな空気感。


 席に座った私たちに、ウェイターが頭を下げながら注文を尋ねる。私は「肉」とだけ答えた。ウェイターは困った様子で「どのような調理をご所望ですか?」と問いかけてきた。


「そうねー。味はシンプルなほうがいいわ。とにかく量が必要だから。一番大きいの。それをたくさん頂戴」


 場違い。とでも言いたげなウェイターは困り果てた顔で、ステーキですねとメモを取る。


「量の方は……」


「これくらいのデカいのを三十枚」


「さっ……!! か、かしこまりました……こちらのお嬢様は……」


「あっ……私は一枚で」


 エリスが答えると、ウェイターは安心したように書き足した。数を聞いた時のあの慌て方。小さく聞こえた在庫という言葉。それだけ私が規格外ということかしら?


 今は彼女と、体内の龍の魔力を維持するために、いつも以上に食べなきゃいけない。吸血さえできれば……すぐに補充できるのだけど……



 ヒソヒソと、他のテーブルから噂話。私達に視線を送ってくるのは一人や二人じゃない。時間も夕食どき、人も増えてきた。


「おい、見ろよ、アッシュだぞ。ナイトにいるなんてありえねぇだろ……あいつらが上位三十パーセントってことか?」


「バカ、ありゃ十二の貴族の内の一人だよ」


「あぁ、あの噂の? 席順位を駆け上がってるって聞いてたけど、一年でナイトまで来たのかよ……!」


「あのアルバートの姉だってよ」


「げっ……あいつの姉かよ。そういう性格悪そうだな。でも逆らうなよ? 姉ってことは爵位を受けるわけじゃなさそうだけどさ……令嬢ってことだろ?」


「あー……喧嘩は売らないに越したことはないな。ていうか隣のやつ食いすぎだろ。なんだあの山」



 敏感な私の耳はそれを聞き取った。


「むぐっ!」


 届いたステーキを頬張りながら、眉間にシワを寄せる。


「イルナさん? どうしたんですか?」


「もぐもぐっ。なんでもないわっ」


 あの弟と一緒くたにするなんて、許せないわ。エリスはいい子なんだから。にしても美味いわね。ハーブですら普段食べているものとは段違いだわ。脂っこさが少ない。代わりににじみ出る肉汁は、このハーブとレモンの絶妙なバランスによる引き立てが脳も幸せにする。



 近づいてくる足音に、私の手が止まる。不機嫌さを隠そうともせず、私は深くため息をついた。


「なんの用かしら。アルバート・エンバー・ヴォルド」


 無駄に豪華な服を着て、私たちの前に立つ。


「久しぶりだね。アッシュ」


 名前すら呼ばないなんて。本当に偉そうな人。脅してやろうかしら。


「あらー? 背中を向けた貴族がどの面を下げてきたのかしら?」


「チッ……こいつは本当に。まぁいい。あの落ちこぼれの姉さんがこんなとこに来るなんてね。不思議だなぁと思ったんだよ。まるで普通じゃない力でも手に入れたのかな? お小遣いはいっぱいあるようだし。例えば……黒本とか」


 ぴくっと私の眉が狭まる。


「そんな疑いをかけられているのね。私たちは実力よ。あぁ、言っておくけど、私はエリスの持ち物みたいなものだから。私もエリスの力のひとつよ」


「ふん……相変わらず口の減らない平民だ。廃人になりたくなきゃ、余計なことをしないようにするんだな」


「あら、むしろ……あなたが黒本を使っているんじゃないの?」


「僕が? ふざけたことを言うな。実力だよ」


 彼は顔を近づけながら、そう吐き捨ててきた。嘘かホントか、それは分からない。私が言い返そうとしたときだった。彼は私を見下ろしながら、蔑むように言った。


「さっさとやめちまえよ。平民が座る場所じゃない。大食いの汚らしい女は地べたのメシでも――」


 ――キィン、と冷徹な金属音が静かな食堂に響き渡った。


 次の瞬間には、抜き放たれた細剣の切っ先が、アルバートの首皮一枚のところに突きつけられている。


「ひどいな姉さん……実の弟に剣を向けるなんて。この女のほうが大事なわけ? 血筋よりも? さっさと降ろせ雌豚」


「謝りなさい――アルバート」


 私は思わず目を見開いた。


 こんなにもエリスが自分の口調を冷たく、そして強くするのを見たのは初めてだった。


 いつも私の後ろで怯え、怯え、様付けで呼んでいた実の弟を、いま彼女は明確に呼び捨てにして、敵として見据えている。


 エリスに『守られる』という未知の感覚が、私の胸の奥をドロドロと熱く灼き焦がしていく。心臓の鼓動が跳ね上がり、全身の血が歓喜に沸き立つ。



 あぁ、なんて甘い蜜かしら。ゾクゾクするわ。思わず口角が上がってしまうのを、私は止められなかった。



「姉さん……何をしてるか分かってんの?」


「姉の言う事を聞きなさい……アルバート」


「ふざけた口聞いてんじゃねぇよ。落ちこぼれが!」


 エリスは静かに剣を下ろす。それを見たアルバートは、姉が自分の威圧に怯んで諦めたのだと勘違いしたらしい。その端正な顔を歪め、嘲笑をさらに深くした。


「そうだよ姉さん。ちゃんと地べたを這いつくばる、それらしい行動をしなきゃ」


 そして――次の瞬間、エリスは懐から一通の書類を取り出すと、躊躇ちゅうちょなくアルバートの胸へと叩きつけた。カサリ、と硬い紙の音が食堂の静寂に響く。


「アルバート。あなたを負かします。私の大切な人を侮辱したあなたを、私は絶対に許しません」


 アルバートは叩きつけられた挑戦権の書類に視線を落とし、不快そうにため息をついた。


「やってみなよ姉さん。その両手――切り落としてあげるから」

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