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ナイト

 急速に広がった影は、彼らの足を氷漬けにする。それでも、黒本は光り輝いていた。光を失った相手が呟く。


「助け」


 ――まただ。あれから数回、黒本持ちと戦うことがあった。口を揃えて負け際になり、暴走。そして助けてと口にする。


 黒本は、雷鳴と嵐を発生させる。エリスの作り出したイグニス・ドラグーンは、その嵐を焼き尽くす。雷鳴は四方に飛び散り、使用者をも攻撃するという状態だった。



 イグニス・ドラグーンが二人へと直撃。黒本を持っていない方の男性は必死に防御魔法を使い身を守る。地面にイグニス・ドラグーンが触れた瞬間、会場の外にまで伝わる振動。相手の二人は体を焦がされながら壁にまで吹き飛ばされた。


 激しい爆風が収まり、焦げ付いた壁際で倒れる相手の姿が目に映る。エリスの放った『イグニス・ドラグーン』――自分の魔力を分け与えているとはいえ、手加減してこの威力なのだから恐ろしいわね。


 けれど、それ以上に私の胸に冷たい違和感が走る。エリスは明らかに、私よりも龍の魔力を器用に、そして深く使いこなしていた。まるで、その肉体が最初から龍の魔力に馴染んでいるかのように。



 ――って、今はそんなこと考えている場合ではないわね。


「イルナさん!」


「えぇ、分かっているわ。片付けましょう」


 黒本を持っていた相手の肉体を、何本もの巨大な影の腕が強引に抑え込む。エリスが即座に懐へと入り込む。


「ごめんなさい……!」


 強張っている相手の腕の筋肉を数本断ち切る。手から黒本がぽとりと落ちた。同時に嵐が消え、私たちの勝利が宣言される。


「ふぅ……やりましたねイルナさん! これでナイトです! でも……」


 エリスの視線は、地面に転がった黒本へと注がれていた。それを持っていた男性生徒は、虚ろに目を開けたまま、焦点の合わない呪詛のような何かをぶつぶつと呟き続けている。


「えぇ。また――廃人になっているわね」


 クローネたちの戦った相手も同じだった。すべての者がこうなるわけではないけれど、この異様な事態は流石に教師側も危惧し始めている。


 けれど、いまだに元凶の足取りは掴めていない。順位がすべてを決定するこの学院のシステムが、多額の金を払ってでも力を欲する生徒たちの口を、完璧に閉ざしてしまっているから。本当に、浅ましいというか、都合の良い弱点ね。



 見つめる先で、一度役割を終えた黒本が、まるで最初から存在しなかったかのように、黒い煤となって内側からボロボロと自壊し始める。


 エリスは剣を収めると、廃人となった彼を魔法で横にする。黒本を持っていなかった彼も、今は意識を失っていた。教師を呼び、あとの対応を任せた。


 ――出口の見えない黒本騒動。気を落としつつも、私たちはクローネとフランに報告へ。二人は観客席で私たちの戦いを見ていた。


「終わったみたいじゃん。あーあ。先こされちゃったー。つってもあたしらはまだ五百二十位なんだけどさ。どんどん差がつくなぁ……」


 クローネの言葉に、フランが申し訳無さそうにする。


「ごめん……私のせいだよね。二回しか魔法使えないから」


「あんたを責めたんじゃないっての。たった二回でも超強力なんだから。あいつらがおかしいのよ。どんだけハイペースで戦うのよ。二年生のうちにスローネになるんじゃないのってレベルで休まず戦うんだから」


 エリスが照れるように「えへへ」と頬を指先で掻いていた。


「嫌味か! わかりやすく照れちゃって!」


 ぷんぷんとクローネが腕を組みながらぷいっと顔をそむけた。すぐに表情を崩す。


「でも本当におめでと。頑張ったね。イルナの力だけじゃない。あんたもそれに見合う実力になってるじゃない。さすがは私が”認めた”ライバルねっ!」


「――っ! クローネさん……キスしていいですか?」


「はっ? はぁ!? ダメに決まってんでしょ!? あんたイルナに毒されすぎよ! バカ!」


 クローネが自分の腕で、自分の口を隠しながらそう言うと、エリスは慌てて前言撤回する。


「冗談ですよっ! なんか嬉しくなっちゃって、確かに、その……私もおかしくなり始めてますけど……」


「驚かせないでよ……まぁ、あんなのとずっと一緒に居たらそうなるわよ。たまにベッドであんたたちがキスしてる音聞こえて大変なんだから……私だってたまにあいつに気まぐれで襲われるし……」


 あんなのとは失礼ね。そういう雰囲気になったら、キスをしなければ失礼じゃない。クローネだって、「もっとぉ」とか甘えるくせに。可哀想だから秘密にしておいてあげるけど。




 ――そして私たちは他愛もない話をしながら夕食を食べに食堂に向かっていた。もうレートも多いため、冒険者ギルドの酒場で飲み食いする必要はなくなったから。でも、たまにみんなで遊びに行くことはある。なぜならあそこの肉は絶品なんだもの。


 食堂へ入ると、まだ夕食には早いのか人はまばらだった。エリスはいつものおばちゃんに、どこか寂しそうに学生証を提示する。


 そこに刻まれた『三百九十三位・ナイト』の文字を見た瞬間、おばちゃんは小さく、優しいため息をついた。その眉は下がり、瞳にはうっすらと涙が潤んでいる。


「そうかい……じゃあもう……ここでは食べられないね」


 それが学院の厳格なルール。カデットやスクワイアの食堂を利用できるのは今日が最後だ。オマケの唐揚げを乗せてくれるおばちゃんの優しい手の温もりも、もう受け取れない。エリスの胸に、切ない喪失感が押し寄せる。



「もう、オマケもできないねぇ。でもね。私は嬉しいよ。とーってもね。いつも一人で笑顔を見せてたあんたが、今はみんなと笑ってるんだから。頑張るんだよ。目標はもっと高いんだろう?」


 おばちゃんの言葉に、エリスの目から堰を切ったように涙が溢れ出した。けれど彼女はそれを手で拭うと、真っ直ぐに前を向いて力強く応えた。


「はいっ……! 必ず……スローネに座ります」


「うん。待ってるよ。本当にね」

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