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黒い本

 決闘を終えた私たちは一緒に第二決闘場へと足を運んだ。フランとクローネが別のペアと対戦すると聞いていたから。


「あの子達は大丈夫かしら?」


「心配ですか?」


「そうね。私が一緒に戦えるわけではないもの。フランの魔法術式は極短時間しか維持できない。クローネはグラウィスなら負担は少ないようだけど……カンプスまで使えば限界が来る前に終わらせる必要があるわ」


「短期決戦ですね……」


 重厚な扉を開け、階段を昇って観客席へと出た。そこから円形に広がる客席の通路を、フィールドに向けて下へと進んでいく。どうやらこれから始まるみたいね。


 フランがどこか緊張したかのように本を抱きかかえている。クローネはすぐにでも魔法を使えるように軽く手を前に出していた。


「相手は……スクワイアかしら?」


「そうみたいですよ。スクワイアの上位席を指定したと言っていましたから」


 二人組の男性のうち、片方が黒い本を持っている。背表紙もない。見たところ表紙もタイトルもない。


 本を持たない方の男が駆け出した。周囲に炎をまとわせてクローネへと突っ込みながら、相方へ向けて鋭く叫ぶ。


 相方は黒い本を開く。クローネを包むように黒い幹が成長する。なるほど、クローネを閉じ込めて生きたまま焼くという戦術のようね。


 黒い幹を神樹の鎖が一瞬にして覆った。


「――セイクレッド・アーバー・チェインズ」


 フランの言葉とともに黒い幹は自壊していく。突っ込んだ男性の目が丸くなる。けれどもう、止まれない。


「第三階梯魔法――イグニス」


 遮るようにクローネは呟いた。


「ノクト・グラビティア――カンプス」


 私はクスッと笑った。いきなり全力ね。


 突っ込んだ男性が逆方向へと吹き飛ばされる。観客席の一部を破壊するほどの威力でそのまま気絶していた。黒い本を使っていた相方が振り向いて驚きを隠せていない。


 歯ぎしりをしながら本を握りしめる。


「ちくしょぉぉおお!! 落ちこぼれなんかに負けてたまるかよ!!」


 大気をドロリと歪めるほどの、おぞましい魔力が彼の黒い本に注ぎ込まれていく。地響きとともに第二決闘場のフィールドに大量の黒い幹が発生し始める。


 フランが慌てた様子でクローネに言った。


「わわっ! クローネちゃん! さすがにこの量は無理! あと一回が限界だから」


「なによこれ……う……バカになりたくないのに……」



 私は目を伏せた。エリスが「すごいですね……」と言ったけれど、称賛する気にはなれなかった。


「変よ。こんなのが使えるのなら最初から使えばいい。それに……どこか奇妙なのよ」



 彼は本を握ったまま不気味に笑っていた。だが、その笑みはすぐに凍りつく。その本を、掲げた彼の腕ごと、黒い幹が侵食するように包み込んでいく。


「ははははっ、はは、は? なんだこれ……違う! 俺は対象外だっ!! 助けっ」


 黒い幹が彼の身動きを完全にロックする。そのまま生い茂るように成長し、彼の姿を飲み込んでいく。クローネとフランは唖然としていたが、それどころじゃない。


「フラン! あいつに魔法術式使って!!」


「えっ?! うん、分かった!! セイクレッド・アーバー・チェインズ!」


 光り輝く神樹の鎖はその黒い幹を拘束する。自壊し始めたそれを見据え、クローネは小さな手をかざした。


「ノクト・グラビティア――カンプスッ!」


 地面から上に向かうような超威力の重力魔法が黒い幹を襲う。パキッ……パキパキッと黒い樹皮が剥がれ、割れ目が生まれる。


 クローネは走り出した。自分に襲いかかる鞭のような黒い幹をカンプスで弾いて突き進む。彼の目の前へとたどり着いた。黒い幹の隙間から、恐怖に歪んだ彼の涙目が見えた。


「うらぁ!!」


 クローネは空中で一回転し、その小さな踵に、カンプスの狂暴な重力を限界まで上乗せして叩き込んだ。物理破壊と重力圧の同時一閃。彼の腕を包んでいた黒い幹が木端微塵に弾き飛ぶ。その勢いで黒い本が地面へと落ちると、黒い幹はシューッという、まるで蒸発するような音を立てて消え去っていった。


 クローネは尻もちをついた。


「はぁ、はぁ……体術に織り交ぜられるんだ……咄嗟だったけど……あへっ」


 そのままバタンと倒れる。フランはまた鼻血を出しながらポケーッとしていた。システムはクローネとフランの勝利を宣言する。


 本を弾き飛ばされた男性はその場に倒れていた。どうやら黒い幹に飲まれた時点で意識を失っていたみたいね。


 私とエリスは会場に乗り込む。


「お疲れ様。もう聞こえていないでしょうけど」


 クローネをおんぶし、視線を例の黒い本へと向ける。


「この本……他にも持っている人がちらほら居たのよね。売れ筋なのかしら? だいぶ危険だと思うけれど」


 フランはエリスにおんぶされる。私はエリスと横並びになって寮へと歩みを進めた。外へ出ると、夕日と静かなそよ風に髪が揺れる。


「フランもお疲れ様、スムーズに魔法術式を使えるようになったじゃない。改良を重ねればもっと長時間魔法術式を維持出来るようになると思うわ。さすがマーカスに認められただけあるわ」


「えへっ、ありがと」


 フランはエリスの背中で嬉しそうに微笑んだ。今回はなんとかなって良かったわ。フランの魔法術式は、あくまで対象が構築された魔力そのもの。大元の本のような『物理的な媒体』自体を直接破壊することは出来ないもの。


 大元の本を破壊できない以上、あそこでクローネが止められなかったら……私が介入していた。あんな本がはびこっているのは……やはり不安ね。

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