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戸惑い

「けっ……眷属にはしないって言ったじゃないですかぁー! でもこんな高等技術……どうやって。魔族は確か魔法には疎いはずじゃ……術式経由なんでしょうか」


「眷属とは違うわよ。ただの鎖。互いに魔力を送り合うためのね。それに仮契約だから。少しずつ契約の証は溶けて消えていくの。つまり、またキスをすることになるわね」


「まっ……」


 エリスがついにのぼせたかのように気絶する。あらら。顔が真っ赤ね。でも本当にかわいい子。私は彼女の体の水気をタオルでよく拭いて布団へと移した。数十分ほどした頃、彼女はパチッと目を覚ました。経験のなさで気絶したのがよっぽど恥ずかしいのか、あるいは裸なのが恥ずかしいのか布団で顔を隠していた。


「うぅ……あんなのを何度もなんて耐えられません……しかも下僕になっちゃいましたぁ……」


 私はきょとんとした顔で彼女に間違いを指摘した。そっと近づき、おでこにキスをする。


「違うわよ? 私が下であなたが主人。私を繋ぎ止めるためにたくさん楽しませてね。ご主人様?」


 私は空いていたもう一つのベッドに腰掛けていた。エリスは下着姿で恥ずかしそうにクローゼットから着替えを取り出していた。


「あら。今更恥ずかしがるの? 裸で抱き合った仲じゃない」

「はだっ!? 言い方が……その!」


「えっちなこと想像した?」


 エリスは顔をみるみる赤くして、顔をぶんぶん横に振りながら急いでパジャマに着替えた。


「ちっ、違います!! うぅ、いきなり説明もなしに私が主人なんて……責任というか、恥ずかしさと言うか。もう頭がいっぱいいっぱいですー!」


 私は口元に指先をあてながら短く笑う。今日一日でいろんなことが起きたのだから当然ね。キスを嫌がっているわけではなさそうね。良かったわ。


 ふと教科書を手に取った。何百ページもあるその教科書をパラパラとめくっていく。人間の言語で魔法の種類や歴史が綴られている。


「ふーん。これ全部魔法のための本なのね。私はこの学院に入学することになるけれど……あなたの方でなんとかできるかしら? 私も手段はあるけれど」


 現状私はコネのない一般人。中身は魔族。外側は魔法具のちからでただの人間。貴族ですらない私がこの学院に入学するにはそれ相応の手段をとる必要がある。エリスがコネを持てるのであればそれが一番いいわ。教科書をパタンッ……と閉じる。


「えっと……多分……なんとか。ペアを組む前提なので順位の変動もありませんし、問題ないかと……一応貴族ですし」


「ふふっ。良かったわ。学院長を脅すという手段を取らなくても良さそうね」

「物騒です!!」


 本当に良かったと胸をなでおろす。次にエリスは学院のシステムについて少し話し始めた。


「この学院の順位システムはちょっとシビアなんです。席順位は千位まで存在しています。それで、千位から外れた状態で学期末を迎えると……その時点で退学なんです。


 階級は下から順に私たちがいる見習いに属する『カデット』。

 その上が全体のおよそ半分近くを占めている従騎士『スクワイア』

 さらに上位の騎士『ナイト』


 百位以上の卿『ロード』

 さらにその上、第一席から十席を王冠『クラウン』

 最後にすべての頂点。第零席玉座の『スローネ』

 たくさん話すと混乱するかもしれないので今日はこのくらいで……」


「わかりやすい実力主義ということね。ペアであれば順位は一緒に持つ。そうなると生徒はおよそ二千人近くいることになるわね」


 エリスは首を縦に振った。



 数日後。私は学院の制服を身にまとっていた。鏡の前でいくつかポーズを取る。スカートをひらりとを舞わせ、太ももとガーターベルト、そしてパンツがちらりと見える。少し食い込むくらいがやはりちょうどいい。


「うん。かわいいわね」


 その様子を見ていたエリスは少し恥ずかしがるような声で言った。


「えっ、えええええっちです! だめですよぉ!」

「あらいいじゃない。かわいいのだから」


 私は指先でエリスの制服をなぞっていく。ピクンッと肩を震わせ、少し距離を取る。あなたもかわいいわよとつぶやくと、距離感がおかしいです! と文句を言われた。



 ――教室の教卓にて。

 私はこのクラスメイトの前で、丁寧に片足を一歩後ろに下げてお辞儀をする。


「イルナ・ドラクシス。それが私の名前よ。エリスのペア。アッシュのみなさん。よろしくね」


 教室が静まり返る。静かな自己紹介をする前、バカにしようという空気がそこにあった。けれど、私の声はとても静かで重く、浸透する。多少のプレッシャーを与えているんですもの。当然のことよ。


 私が口にしたアッシュというクラス名。それはつまり学院の評価としては最低。階級と違ってクラスの色が変わることはない。アッシュ灰色。ミスリル白銀、オリハルコン黄金、ノワール黒の順で評価が上がっていく。エリスの予想通り、彼女のペアということで私はアッシュクラスに振り分けとなっていた。


 ――まぁ、力を隠すための封印のネックレスもしているもの。それにこっちのほうが都合がいいわ。


 自己紹介を終えた私は静かにエリスの隣に座った。エリスは耳元に近づき、手を被せ小さな声で喋る。


「すごいですね……確か魔族とバレないようにネックレスの魔法具をつけているんですよね。それなのに……その場を掌握するようなプレッシャー……」


 耳に吹きかかる息で少しゾクッとする。くすぐったいわとエリスに言うと、ごめんなさいと慌てながら距離をとってくれた。顔に向かって手をパタパタとさせながら風を送っている。


 私に複数の影がかかる。振り向いて見上げると、クローネと取り巻きが私を見下ろしていた。ダンッ! と机を叩いて少し顔を近づける。


「あの落ちこぼれの助っ人ってわけ? そうよね。あの子一人じゃ順位は上がらないものね。けど、連れてきたのが身内じゃなくて一般市民なんてね。ミドルネームがないということは貴族ですらないってことでしょ? あはは。かわいそー。こんな大外れと一緒に組まされるなんて。


 知ってる? エリスの弟は今ナイトなのよ。一年で。しかもノワール。つまり有望株ってことよ。姉と違って優秀――」


 ――私はクローネが言い終えるよりも早く、彼女の胸元のシャツを掴み上げる。強引に自分の方へと引き寄せる。


「っ!?」


 周囲の取り巻きたちが息を呑む。間合いを詰められた彼女は頭が状況に追いついていないみたい。時が止まったかのように口をぽかんと開けている。視線が交わった瞬間、彼女の表情がみるみる赤くなっていくのを私は見逃さなかった。


 私は耳元へと近づき、甘いけれど冷たい声で囁く。


「随分と饒舌ね。素晴らしい順位をお持ちなのかしら? あの子の弟のものではなく、あなたの順位を差し支えなければ教えてほしいのだけど」


「ッ……! ちかっ……わっ、私は」

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