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あなたは誰ですか?

 私は影から姿を表した。白銀の髪にシャワーの水が染み込んでいく。低身長の体に着せられた少しブカブカの衣服を脱いでいく。


 エリスが顔を真赤にして慌て始める。口をパクパクと開けたり閉じたりして、中々発声することができていない。


「ふぇあ?! ちょっ、ちょちょなんで脱ぐんですか?!」


 私はクスッと微笑むと妖艶な表情でこう答えた。


「あら? ここはお風呂でしょう?」


 スルッ。スルスルッと脱ぎ捨てられた服が影に飲み込まれていく。私はエリスに近づいていく。最後のシャツを脱ぎ捨てる。温かいシャワーの水が肌を滑り落ちていく。私はその月の色をした瞳をエリスへと向けた。


「私はイルナ・ヴァレス・ドラクシス」


 座っているエリスに、四つん這いでさらに近づいた。エリスは目を潤わせながら視線を逸らしたり戻したりと忙しない。


「あっ……あの、人間じゃ……ないですよね。影から出てくるなんて魔法……見たことないので……」

「あら、鋭いわね。そうよ。うーん……そうね。吸血鬼とでも言っておこうかしら」


 瞬時に首を押さえるエリス。上目遣いをしながら警戒している様子が、小動物のようでとてもかわいい。


「すっ……吸うんですか? 血……痛いのは、ちょっと苦手で。できれば……あと、眷属には」

「ふふっ。安心しなさい。血は……飲まないわ」


 私は目を伏せながら、少しさみしそうにそう呟いた。そして吸血鬼の眷属になるには同意が必要なことも伝えた。安心したように手を下ろすエリス。


「ごめんなさい……怖がってしまって。でもなんで私なんかを見ていたんですか?」

「ふと目についたのよ。この学院に迷い込んでいじめられているあなたを見つけた。暇だったから少し観察していたの。でも褒めてあげる。この私を見つけたんだもの」


 私は指先でエリスの鎖骨からなぞっていく。指先から伝わる肌の感触はとても柔らかい。


「ねぇ……あなた、悔しくないの? 本当はどうしたいの? このまま退学したい?」


 エリスが口を開ける。何を言うでもない。赤くなっていた表情が暗くなっていく。口をつぐみ、手のひらに力が入っていく。私は畳み掛けるように聞いた。


「十二の貴族の家系なのでしょう? 炎の貴族。有名よね。自分たちだけが扱える強力な炎魔法。炎、水、雷、木、無、光、闇。これだけ多くの魔法がある中、炎ひとつで他を圧倒する。あらゆるものを灰と化す。だったかしら」


「……詳しいんですね」

「こう見えて結構生きてるもの」


 エリスの大きな瞳に、大粒の涙が滲んでいく。


「わ、わたし……私は……何も……持って……なくて。血筋の能力も、何も引き継げなくて……勉強だけが取り柄で……なのに、ずっとなんの価値もなくて私はっ」


「しーっ。落ち着いて。ゆっくりでいいのよ。時間はあるでしょう?」


 その言葉が意外だったのか、エリスはできるだけ深く呼吸する。グッと手を強く握り込むと、震えるような声で必死に自分の気持ちを吐き出した。


「自分が惨めで……悔しい。ずっと家でも落ちこぼれって言われてきて、全部覆すんだって張り切ってここまで頑張ってきたんです! なのに……変わらなかった」


 まるで息が混ざり合うんじゃないかというほど私は近づいた。肌と肌、胸と胸が触れる。コツンッ……とおでことおでこを当てた。エリスの激しくなっていく鼓動が伝わってくる。指でそっとエリスの涙を拭う。たとえシャワーで洗い流されていたとしても、その行為をしたかった。


「私がほんの少しだけ手伝ってあげる。第零席、スローネの席に座りましょう?」


 彼女の瞳孔が小さくなり、瞼が大きく開く。


「私が、第零席……」


 彼女は私から目をそらした。


「目を背けないで。あなたは私を認識した。私の目を引いた。たとえ偶然でも、その運命を掴み取ったのはあなたよ。けれどあなたがその運命から目をそらしたら私は何もしてあげられないわ」


 シャワーの水音が混じりあう彼女の泣き声を聞きながら、らしくないわねと……心の中で呟く。いつもなら、誰かと深く関わるのはできるだけ避けていたはずなのに。


 彼女は赤くなりながらも顔を上げ、必死に自分の本音を私にぶつける。


「座りたいです……! 私だって落ちこぼれじゃないって証明したい! 私は、認めてもらいたいんです」


 鼻先が触れる。私は少し瞼を閉じながら甘く囁く。彼女の全身に染み渡るような声で。


「どんなことでもできる? 私のお願いをちゃんと聞いてくれる? そうしたら私が手伝ってあげる。あなた自身が認められるように」


「……します。私はここで終わりたくないんです」


 私はエリスの柔らかな唇に自分の唇を重ねた。


「んむっ……!?」


 驚き、甘い悲鳴を漏らす彼女の隙をつき、逃げようとする彼女の口内に舌を入れる。深く、何かを探るように舌を回した。


 唇がようやく離れると、互いの舌先から伸びる銀の糸がシャワーの温水でかき消されていった。エリスは信じられないと言った様子で睨みながら、ものすごい速さで壁際まで後退する。


「なっなななななっなぁー!」


 ふふっ、面白い動揺の仕方ね。もう何も言っているのかも分からないわ。


「あら? ふざけていたわけではないわよ? 舌を出してごらんなさい」 


 抗議をしつつも言われるがまま、素直に「んぁっ」と舌を出してしまうところがたまらなく可愛らしい。


 私は彼女に濃密な魔力を送り込んだ。淡い光と共に、彼女の小さな舌に禍々しくも美しい契約紋様が現れる。


 エリスは異変に気づいたようね。胸を抑えて驚いてる。


「あの……これ。魔力が流れ込んできます。離れてるのにどうして」


「主従契約を結んだのよ。私とあなたで」

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