マーカス
魔法技師であるドワーフのマーカスは煙を吸い込み、天井へと長い煙を吐いた。
「ふぅー……たった十年か。お前さんにしては早いのぅ」
「そうだったかしら?」
「んで、今日もマスケット銃の調整、点検か? ツレがいるようじゃが」
マーカスは後ろにいるフランへと視線を移した。指でこっちへ来いと合図する。フランはキョトン……としながらトテトテ近づいていく。
彼はじーっとフランの目を見つめた。
「お主その目」
フランはその単語を聞いた瞬間、即座に目を逸らした。マーカスはフランから視線を外して謝罪した。
「気に触ったのならすまん。深堀りはせんよ。しかし、あのイルナが……連れと一緒に来るなんてなぁ」
「なによ。そんなに珍しい?」
「珍しいも何も初めてじゃろ」
私は影からマスケット銃を取り出す。それをカウンターの上へと置いた。マーカスはそれを手に取り、感嘆の息を漏らした。
「いつ見ても素晴らしい品だ。組み上げられた術式、それを調整するための彫刻は繊細に刻まれている。試行錯誤の末に作り上げられた一品」
「いつもそう言ってくれるわね。うれしいわ」
「本心じゃからな。魔法術式を専門とした十二の貴族もいるが、それとは違う完成された一品。惚れ惚れする」
じーっとフランが私のマスケット銃を見る。
「すごい……」
葉巻がぴくっと揺れた。
「ほう、嬢ちゃんこのマスケット銃の術式……読めるのか?」
「えっ……うん。旧式だけど、現代魔法術式を超越してる」
「……イルナ。この子を弟子としてもらってよいか?」
マーカスが興奮気味に話す。私はため息をついた。
「やめてちょうだい。弟子候補として連れてきたんじゃないの。魔法術式をこの子は組み上げているのだけど、なかなかうまくいかないみたいでね」
「ほう……見せられるか?」
フランは恥ずかしそうにノートを手渡す。ペラペラとノートをめくっていくマーカス。深く考え込んだ後、葉巻の灰を灰皿へと落とした。
「なるほど。確かに緻密に計算されている。が、規模がデカすぎる。それに複雑すぎるな。イメージもおざなり……ん、この鎖のものは……」
「あっ……それはイルナちゃんがイメージできるものにしなさいって言われたから……」
「……これはいい。非常にだ。術式自体も組み合わせれば……しかしこれではうまくいかんな」
「分かる? そうなの。計算式が複雑で魔力の無駄が多くて……」
「お主、現代魔法術式を捨てろ」
「えっ」
「現代魔法術式の方が優秀。そう思うかもしれんがそれは違う。あれは魔力さえあれば強大な魔法を使えたりする。レシピ前提のものじゃ。
じゃが旧式魔法術式は緻密な彫刻を利用することで魔法効率を極限まで高める。その分一つのパーツには数多くの役割を持たせる必要がある――それはデメリットであり、同時に最大のメリットでもあるのじゃがな。
わかりやすく言えば、現代魔法術式は”全体で一つの魔法術式”。百を百としてしか出せん。
旧式魔法術式は”パーツの再利用”じゃ。組み方次第で一が二にもなり、五にもなる。百の効率を表すのに、百の彫刻を必要とはせん。代わりに――量産化が全く利かんがな」
フランはぽかーんとしながら話を聞いていた。しかし突如としてその瞳がどこか遠くの数式を見つめるように据わった。私が話しかけようとすると、マーカスが手でそれを止めるような合図をした。
なるほど。彼女は今……計算をしているのね。
フランはノートに書き込んでいく。ペンがすり減り、文字が太くなっても気にしない。そして書き終わると涙目になった。
「あれっ? 計算ズレちゃったぁ。それにまだ足りないのが多くて」
マーカスが椅子から降りて部屋の奥へと向かった。そして取り出したのは極厚の本。
「ほれ。旧式の祖とも言える本じゃ」
フランが首を傾げる。
「あれ? どこかで見たことあるような?」
「現存するのはほとんどないはずじゃが……これは世界の本。上中下の三巻構成となっとる。しかしな。わしも長生きをしとるが上巻しか知らんのじゃよ」
「歴史の本ってこと? でもそれが旧魔法術式とどんな関係があるの?」
「確かに中身は普通の神話。おとぎ話。じゃがな、旧魔法術式を読めるものにとっては別じゃ。様々な仕掛けがあるからな。全巻揃えばそれはもう、とんでもない魔法が使えるんじゃないか……と噂で言われてはおるが夢物語じゃな」
「じゃあ私がこれを教科書にすればいいんだね? 分かった!」
「あぁ、それを持って帰れ」
「えっ……でもこれすごく貴重なんじゃ」
「もう頭に入っとる。それにこんな老いぼれドワーフが持つより、未来ある若者が持っておいたほうがいい。ただでさえ旧魔法術式を理解できるのなんざ少ない。お主がこのマスケット銃の魔法術式を読んだ時、魂が久々に震えたわい」
マーカスは再び椅子に飛び乗ると、宙に浮く歯車のようなメガネを取り出した。それで私のマスケット銃を確認していく。
「相変わらず大事に使っとるようじゃの。手入れが行き届いておるわ。これならすぐ終わる。そのまま待っとれ」
マーカスが何かをつぶやくと、数え切れないほどの魔法陣が広がる。これが旧魔法術式の具現化。銃身に刻まれた魔法術式を解読するようにマーカスは指をなぞっていく。
――次の日、私たちはギルドの冒険者たちと合流した。場所は鉱山都市ギルドハウス。その二階にある会議室。
「よぉ! 大食いの嬢ちゃん! そんでエリスちゃん! 今回は頼むぜ。結構大変な依頼だからな。だが安心しろ。学生を守るのは俺らの仕事だ。気楽にしててくれやっ!」
満面の笑みを見せるガルバスが五名の冒険者を後ろに連れて私たちに挨拶する。相変わらず声の大きい男ね。




