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鉱山都市

 私は気絶してしまったエリスをおんぶしてフランのいる木陰へとたどり着いた。木陰で彼女を寝かせて、私はお腹を押さえる。


 ――お腹すいた。


 よりにもよって龍の魔力を使われるなんて……飢餓の経験はあるから問題はないけれど……空腹感は強烈なのよね。


 ため息をついたあと、私が木陰で眠ってやり過ごそうとした。その時だった。凄まじい爆音が響き渡り、視界の端で大木が空へと舞い上がった。


「……今度はクローネ? 全く、どんなことをしているんでしょうね」


 私はフラフラしながら立ち上がった。クローネは言っていたもの。”介護”はよろしくね、って。


 大木が空を舞っていた地点へと足を運ぶと、クローネが直立していた。


「ごへっ」


 そして直立姿勢を保ったまま、うつ伏せで地面に激突する。


「ちょっとクローネ?!」


 私は急いで駆け寄った。彼女を仰向けへとひっくり返すと、少し上を向いてよだれを垂らしていた。


「あへっ……」


「……クローネ?」


 返事がない。起きているはずなのに。いつもの強気の姿勢もない。というか……知性がないというか、とてもとてもバカッぽいわ……いつもの強気の姿勢はどこへやら……


「はぁ。介護ってそういうことね」


 クローネを背負い、フランとエリスのいる木陰へと歩く。


「重力魔法で無理をすると、脳が限界を迎えてしまう。それを繰り返して慣らす。つまりはエリスと似たようなことをしているのね。エリスは魔力回路の酷使だから気持ち悪くなるだけ。けれどあなたは……バカになるのね」



 二人を木陰で休ませる。片方は深刻な表情で気を失い、もう片方はよだれを垂らしながらピクピクしている。


「はぁ。唾液で回復できる位置じゃないからどうしようもないわね」


 ――もし吸血ができるのなら……効率よく魔力を大量生成できるのだけど。



 私にはできない。したくない理由がある。だから代わりに人一倍食べなくてはならないのよ。私は膝を抱えて、暗い過去の記憶に沈み込みそうになった、その時だった。


 ――ひょこっとフランが私の顔を覗いてくる。私は無理に口角をあげて彼女に尋ねた。


「あら? どうしたの?」


「なんだかつらそうだなーって。顔を覗いてみたの」


「大丈夫よ。少し昔のことを思い出しただけ。あなたは魔法術式のことを考えていなさい」


「はーい!」


 フランがノートへと視線を戻した。私は膝を抱えながら空腹を押さえるように頭を伏せた。


 ――そうよ。どんなに飢えても、寂しくても、私はもう一人で『大丈夫』になってしまったのよ。



 ――それから馬車に揺られること二日。私たちは目的地のドワーフの鉱山都市へと足を踏み入れた。


 太陽は沈み、岩肌に据えられた温かみのある魔導照明が、薄暗い街路を黄金色に照らしている。


 いくつもの巨大な鉱山がそびえ立ち、開拓された山肌を無数のトロッコや馬車が慌ただしく行き交っていた。カンカン、と金属を穿つ音がやまびこのように街全体にこだましている。



 大半はドワーフで、人間の姿も見える。中には屈強な亜人や魔族も。


 ――けれどそんなことどうでもいい! 肉よ。肉。限界だわっ!!


「三人とも、まずはご飯よ。近くにうまいお肉屋さんがあるから。行くわよ!!」


 エリスとクローネが目を見開いている。おそらく私のハイテンションに驚いているのでしょうね。でもこっちは死活問題なのよ。あれからの二日間、修行のたびにエリスが私の『龍の魔力』をごっそり強奪していくせいで、こっちは裏でずっと涙目になっているのだから……!


 馬車を颯爽と降り立ち、レストランの中へと足早に入っていく。


「マスター! グラモのステーキ三十個!!」


「あいよ! グラモのステーキ三十個……さっ、三十!?」


 大慌てで仕込み始める店主。私は広いテーブル席へと座り、お腹を押さえる。きゅーっとお腹が締まる。鉱山をくり抜いて作られたレストラン。加工された焼き窯と、魔法による空気の循環で肉の香ばしい匂いは店の前に漂う。


 けれど今はその匂いが……空腹を加速させる。


 遅れて入ってきた三人は私の座っていたテーブルに着席する。各々好きなものを注文しながら私の様子を心配しているようだった。エリスが隣で背中をさする。


「えっと……大丈夫ですか? きっとすぐに来ますよ」


「えぇ……今すぐに持ってきてほしいくらいだわ。一秒ごとに暴走しそうな自分を抑えているわ……」


 ドンッ! と置かれた巨大な肉。程よく脂が乗った赤みの肉を即座にフォークとナイフで切り分けて私は口の中へと放り込んだ。とにかく食べた。周囲は感心するように私を見る。私は忙しなく手と口を動かす。


 贅沢な黒胡椒とハーブの香り、半魔獣であるグラモの肉は魔力をふんだんに蓄えている。歯ごたえはありながらも数口もすれば溶けるように柔らかい。油の質がよく、私の舌を満足させてくる。一皿、二皿と、食べ終わった食器が積み重ねられていく。


 そして最後の一口食べた後。私は満面の笑みを見せた。


「美味しかったわ……さすがね」


 ぽかーんと口を開けて見ていた周囲は突如拍手喝采。私は食べるのに夢中でほとんど周りが見えていなかった。


「あら? 私なにかしたかしら」


 クローネがもぐもぐと自分のステーキを食べながらこう返した。


「あの量を短時間で食べ尽くして笑顔なんだから。そりゃ拍手喝采も起きるわよ。どうなってんの? なんでお腹膨らんでないの?」


「乙女の秘密よ」


 非常に満足した私は背をもたれて息を吐いた。極上だわ。空腹は本当に最高のスパイスよ。二度とごめんだけれど。飢餓なんて無いに越したことはないんだから。



 ――その後、宿へとついたあとのことだ……私はフランを連れだした。夜更け、鉱山都市は金属音も聞こえずとても静かだった。時折トロッコの音が耳に入ってくる程度。


「ねーねー? どこ行くの? 言われた通りノートは持ってきたけど……」


 私はとある店の玄関をノックしながら答えた。


「昔の馴染みの店にちょっとね。用事もあったし、魔法術式のことについて尋ねるといいわ。彼は詳しいから」


 玄関の奥から入れという渋い声が聞こえてくる。扉を開けると、薄暗い部屋で一人のドワーフが背の高い椅子に座っていた。カウンターから私を見下ろす。頬杖をついている白髪の生えたドワーフ、マーカスは葉巻をくゆらせていた。


「ほう、久しいな……何年ぶりじゃ?」


「そうね……十年ぶりくらいじゃないかしら?」

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