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お肉

 ――そのあと、エリスやクローネが挨拶回りを済ませ、ようやく夜会を楽しむ時間ができる。私は控えめに肉を頬張ってモグモグする。エリスはじとーっと私のほっぺを観察していた。


「許してちょうだい。魔法を使ったからお腹が空いたのよ」


 私の体は本当に効率が悪い。どれだけ食べても魔力は穴の空いたバケツのように消えていく。内なる龍の力が使ってもいないのに、ただ存在するだけで私の魔力を貪り尽くしてしまうからだ。


「はぁ……わかりました。いつもよりほっぺの膨らみが小さいので、配慮しているとみなします」


「そう言ってくれて助かるわ。本気で命令されたら私はエリスに逆らえないもの」


「……え?」


「あら? 最初に言ったはずよ? あなたが主人だって。お互いの魔力を自由に行き来するだけだと思ったの?」


「えええええ?!」


 今日一番の声が出たわね……主従関係をなんだと思ってたのかしら……周りに見られて少し恥ずかしいわ。


「あなたね……私は下僕であなたは主人。契約で縛られたものなのよ? 魔力を舌に流して命令すればちゃんと効くわよ」


 エリスはギュッと胸を抑え、肩を大きく上下させて「すーはー」と深呼吸。そして、恐る恐る舌に魔力を流して命令した。


「噛むのをやめてください」


 ――ピタッ。私の意思とは無関係に、顎の動きが完全にロックされる。


「噛んでください」


 もぐもぐもぐもぐ。


「やめてください」


 ピタ。私はじーっとエリスに訴えるように見た。


「……遊ばないでもらえる?」


「あっ、す……すみません! つい本当なのかなって」


「嘘なんてつかないわよ……見なさい、クローネが笑い転げてるじゃない」


「あははっあははははっ!」


「笑いすぎよクローネ」


「ふふっ、いやー、あんたがそんなことになってたなんて知らなかった。吸血鬼なのは知ってたけどさ」


 クローネの爆笑に少しだけ眉をひそめ、私は当てつけのように彼女の皿から肉を奪い取った。


「あっ! 私のお肉っ!」


「いいじゃない。助けてあげたんだから借りは分割払いで返してもらうわ」


 その様子を見てエリスがクスックスクスッと笑いを抑えきれていないようだった。私の胸が温かくなる。随分と……感情移入してしまったわね。



 ピクッ……と耳が反応する。アルバートの声が少し遠くで聞こえる。相手は……同じくらいの年齢の青年かしら。


「アルバートさん。実は禁忌の書についての情報が……」


「あぁ……その情報か。その話は今はするな。こういう場ですることじゃない」


「わかりました……でも、あれを使えばナイト階級の上であるロード階級だって」


「レイター。二度も言わすな」


「ッ……」



 会話はそこで途切れた。禁忌の書、聞いたことがないわね。大方人道から外れた魔法術式の本ってところかしら。まったく、人というのはそういうのが好きね。名誉、力。欲に溺れることに余念がないというか……


 カチャン……


 私は肉を食べようと皿にフォークを突き刺したはず。けれど、カチャンと高い音が響き、先端は白い陶器を虚しく叩いていた。私は不思議に思い、視線を自分の取り皿へと移した。ない。どこにも。私の……肉が。


 クローネのほっぺが膨らんでいる。エリスがあわあわと落ち着き無くクローネに言った。


「だっ、だめですよ……! イルナさんのお肉食べちゃ……」


「ふんっ。よほみひて、ぼーっとひてふのがわふいのよ(ふんっ。よそ見して、ぼーっとしているのが悪いのよ)」


「怒ってます……! 確実にイルナさん怒ってますからっ!!」


「もふ、ふひのなはよ!(もう、口の中よ!)」


 私はゆらりと一歩ずつ近づいた。耳元で囁く。


「あの日のあなたの匂い……もう一度思い出させてあげるわ」


「……!」


 クローネは、浴槽での治療を思い出し、ボンッ! と顔が真っ赤になる。食べ物が喉に詰まったのか、ケホケホと咳をする。エリスが急いで水を彼女に渡した。


 ふぅ、このくらいでいいかしらね。私の肉を食べたらそれ相応に破廉恥な目にあうのだから覚悟することね。


 私はふと、視線を感じて上を向いた。あの仮面の少女が少し笑っていた。私の視線に気づくとまたすぐに口を閉じたけれど……面白かったのかしら? 想像していたよりも感情的なのね。



 ――王族の夜会は幕を閉じる。人はまばらになり、王族たちも裏へと消えていく。私たちも兵士に連れられて、ラディエの待つ馬車へと足を運んだ。


 クローネがラディエを労う。


「お疲れ様ラディエ。ずっと待っていて疲れたでしょ?」


「いえ、クローネお嬢様。わたくしはあなた様のお役に立てるだけで幸せでございます」


「……お世辞なんて嬉しくないんだから」


 ラディエはふふっと小さく笑った。笑ってしまうのも仕方ない。私たちはクローネが素直じゃないことをよく知っているのだから。



 ――馬車に揺られながら私は緊張の糸をほどいて息を吐いた。ああいう場所では張り詰めなければいけないから、どうしても疲れが溜まるわね。二人も疲弊しているようだし。


「ねぇ、少しいいかしら」


 二人は不思議そうに私を見た。


「依頼を受けたいのよ。とても大きな依頼を。だって私たちが目指すべきは第零席なんだから。クローネも目指すのでしょ?」


 クローネは驚いたように目を開けると、ため息をついた。


「そりゃ……目指すわよ。憧れだし。でもカデットじゃ受けられる依頼なんてしょぼいものばっかりよ? それに受けたからって強くなるわけじゃないし」


「強くなるという点は大丈夫よ。依頼を受けながら私があなた達を鍛えるもの。私の強さは知っているでしょ?」


「それは……まぁ、けど大きな依頼に関してはどうしようも……」


 私は不敵に微笑んだ。影から依頼書を取り出す。


「任せなさい。とーってもいいツテがあるのよ。行きつけのお店にね」

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