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剣技

 私はクスッと笑った。まるでいつものように。


「えぇそうね。結構寂しがりやなのよ私。あなたのそういう面倒見のいいところ好きよ」


 まるでカウンターをするかのように好意を伝えると、私の手を握る彼女の手がピクンッと揺れる。あーあ。顔がどんどん赤くなっちゃって。目をそらすところもかわいいっ。



「ほらっ! いいから探すわよ。様子おかしかったんだから。私もすぐに探しに行きたかったけど……挨拶回りの貴族に捕まっちゃったから……」


 私はどこを探すのかしらと問いかけると、彼女はバルコニーへ行くと言った。


「今気づいたけど、おかしくなったのって、アルバートと会ってからでしょ。バルコニーのこと言ってたし、探すに越したことはないわ」


 私たちがバルコニーをそっと覗いた。エリスが土下座をしていた。視界がすうっと冷たく冴え渡り、私の中のどす黒い感情が渦巻く。私の手を握るクローネの手にも、痛いほどの力が入った。



 アルバートが足でエリスの頭を踏みつける。せっかくラディエが……結ってくれたのに。


「姉さん……僕のことは様付けしなきゃダメだろ?」


「もうしわけ……ありません。アルバート様」



 ――あぁ、これが。エリスの家庭での立ち位置。なぜクローネのいじめで取り乱しづらいのか、よく理解できた。彼女にとって、地獄はそこにあったからだ。


「姉さん。僕が生まれなきゃ炎の貴族はどうなっていたと思う? 屋敷でも立場のない姉さんは生かされてるだけ感謝しないと。正妻から生まれた僕。第二婦人から生まれた姉さん。能力も引き継げなかったくせにまだ貴族としての称号を名乗るのは……醜いなぁ。だろ? エリス・エンバー・ヴォルド」


 エリスは顔も上げない。動くこともない。ただ謝り続ける。まるで心を壊した人形のように。心が解離している。


「もうしわけありません。貴族の落ちこぼれのくせに、エンバーを名乗っています」



「その足をどけなさい」


 クローネの冷徹な声と同時に、アルバートの体がピキッ……と硬直する。


「クローネ……この僕に重力魔法を使ったな? ご丁寧に姉さんには負担がかからないように。それは宣戦布告か? 貴族同士仲良くしようじゃないか。僕は君が”魔族”でも気にはしないよ」


 アルバートは足をどけた。そして剣を鞘から引き抜いた。クローネの前まで来ると大きく振りかぶった。エリスが正気に戻り、やめてと叫んだ瞬間。アルバートはその剣をクローネの首めがけて振り下ろした。


 ――私の指先がその剣を止めた。間には氷。キィン……という金属音がバルコニーに残響する。


「私のペアを踏みつけて、大切な友達に剣を振り下ろしたわね。


 ……そう、剣技がお好みなのね」


 私の右手に氷の剣が組み立てられるように生成される。私はアルバートの剣を弾き返す。彼の剣が床へと落ちた。彼は距離を取り様子をうかがう。私は彼の剣を拾いあげると足元に投げた。


「拾いなさい。騎士が剣を捨てるなんてみっともないわよ」



 アルバートは不快そうに歯を食いしばり、剣を拾った。構えがエリスと同じ……たしかエリスは弟と一緒に習っていたと言っていたわね。


 上段の構えから振り下ろされる剣を、私は氷の剣で払い軌道を逸らす。


 それだけで充分、けれど私は、エリスと同じ型で攻めてくるこの男のプライドを煽るために、氷の剣であえて余計に二回剣を叩いて遊んであげる。


 アルバートは剣を斬り上げる。私は片足を軸に体を斜めにして軌道から外れる。キィン、キィンと冷たい金属音を響かせ、また余計に数回剣を叩く。


 彼は半歩引いて突きの体勢へ。私は突かれる剣を軽く頭をかしげて避ける。私の耳の直ぐ側を風が通り抜けていく。私は口角を上げながら見下すように言った。


「あなた……弱いのね」


 アルバートの顔がみるみるうちに怒りの形相へと変わっていく。貴族としてのプライドを傷つけられた。そんなところかしら。私は微笑んだ。


「服には傷をつけていないわ。立派なお洋服だもの」


 アルバートの頬から切り傷に沿って血がにじみ出る。


「けれどあなたは……どうかしらね」


 実力差を理解したのか、アルバートは剣を収める。私を睨みつけながら捨て台詞を吐いた。


「このくらいにしといてやる。僕は剣士じゃない。魔法使いだ。あまり調子に乗るなよ」



 彼がバルコニーから会場へと戻っていく。氷の剣はパキパキと音を立てて役目を終える。私はエリスの背中に手を乗せてゆっくりと立ち上がらせる。


「エリス……大丈夫?」


「はい……大丈夫です。ごめんなさい。嫌なところを見せて」


 クローネが近づいてきて、エリスの髪を整える。


「あんたが謝ることじゃないでしょ。どう考えたってあのクズが悪い。私が言えた立場じゃないけど……正直、イルナが抑えなかったら私が暴れてたわ」


「クローネさん……イルナさんも……ありがとうございます」


 その表情を見て、私は安堵した。良かった……どうやら大丈夫そうね。ずっと暗い表情をされたら溜まったものじゃないもの。私が辛くなってしまうから。



 クローネがエリスの髪を整え終わると会場へと戻る。その道すがら、クローネは「やっぱりラディエみたいにうまくはいかないわね」と、少し不満げに自分の指先を眺めていた。


 ピタッ……と足が止まるクローネ。私たちもそれに合わせて足を止めた。


「お、お父様……」


 クローネの父もどこか気まずそうに足を止める。チラッと私を見ると、一秒も絶たず目をそらした。まぁあれだけ怖がらせたのだから仕方ないわね……


「クローネ。少なくとも貴族として最低限の立ち振舞はしろ。以上だ」


 こくりと頷くクローネ。彼女がそれで納得するのなら私は何も言わないわ。だからそんなにチラチラとセーフか? というような視線を送らないで頂戴。セーフよ。

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