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エリスの弟

 ――ガタッ、ガタガタゴトッ……


 馬車は石レンガで舗装された道を進む。馬の蹄がリズミカルに路面を叩き、時折車輪がはねて体もそれに合わせて揺れた。客室の中で、外を静かに眺めるクローネと、私の隣でじっと俯いているエリス。


 少しピンク色が混ざった白のドレスは、エリスの華奢な体をより魅力的に見せていた。


「綺麗よ。エリス」


 エリスはピクッと我に返ったかのように肩をはねさせた。


「あっ、はい。ありがとうございます……」


 照れている。けれど……どうしても上の空。少し心配ね。クローネも緊張しているようだし……




 ――馬車がゆっくりと止まる。ラディエが客室のドアを開ける。私たちはドレスの裾をつまみながら、石レンガの道へと足を下ろした。私は目の前の建造物を見上げた。王城。十二の貴族が描かれたステンドガラスの窓、細かく掘られた美しい彫刻。取り囲む巨大な城壁。


 私たちは城の兵士に導かれながら会場へと足を運んでいく。赤いカーペット。王国の旗が等間隔に並べられている。立ち止まった先には重厚な扉。それはゆっくりと兵士の手によって開かれる。少しずつ中の喧騒が広がっていく。


「数が多いわね。十二の貴族以外にも来ている貴族がいるのかしら」


 私はそう言いながら一足先に会場へと足を踏み入れた。エリスが歩幅は小さいながらも、早歩きで私に追いついた。


「いいですか? くれぐれも失礼のないようにお願いしますよ? 騒がしくしたり、お肉でほっぺを膨らませないでくださいね?」


「……しないわよ。こんな場所で」


「ほんとですかぁ?」


 不安そうな顔をしているわね。私をなんだと思っているのかしら。



 ――私は視線を喧騒の上に移した。階段を上った先、この夜会を見下ろす大柄な人物。白い髪、白いヒゲ。装飾の施された王冠。鋭い目つきをしながら頬杖をつく男。彼がこの国の王。十二の貴族のうちの一人。


 王の座るイスの後ろにも、いくつか席がある。けれどほとんど空席。第零席は来てないのね。やっぱり忙しいのかしら?


「ん、あの子だけ仮面をしているのね」


 小さな声でそう囁いた。一番左端の席。無機質な仮面、ただ座って夜会を眺めている。一ミリも動かない。私は龍の目を使って焦点を絞り、視界を研ぎ澄ます。仮面の奥に見えるオッドアイ。第零席と同じ……


 ――ふと視線が合う。一ミリも動いていなかった彼女がほんのりと口を開けた。けれどまたすぐに閉じて視線をずらした。



 トンッと何かに衝撃を受け、私は喧騒の中へと意識が戻ってきた。私を見下ろしてきたその男は、鬱陶しそうに金髪を払いながら見下すような目で見る。


「見たことのない顔だね。どこぞの同伴かな」


 なんかイラッとするわねこの子。私はウェイトレスからワインを受け取り、それを口に運ぶ。


「先に謝るのが筋だと思うけれど、貴族らしくないのねぇ? あなた」


 いけない。エリスに失礼のないようにと言われていたのを忘れていたわ。


「相当”ご身分”が低いと見える。まったくどこの貴族が……」


「イルナさんっ!」


 挨拶回りをしていたエリスが慌てて戻ってくる。そして相手を見るなり、怯えた表情を見せる。


「……アルバート」


 アルバートと呼ばれた男は、不敵な笑みを見せるように口角を上げた。


「あぁ……”姉さん”」


 え、これが? 私は二人を何度も交互に見比べた。この生意気なクソガキと、エリスが? 同じ環境で育ったとは思えないのだけど。まぁ……そうなんでしょうけど。


 エリスは唇をキュッと結んで、視線を逸らした。アルバートは気にすること無くエリスの肩に腕を回す。


「姉さん……落ちこぼれが落ちこぼれらしくカデットやってるんだって?」


「……はい、やらせていただいております」


 変ね。弟に向ける口調としてはあまりにも……



 グッとエリスの腕がクローネに引っ張られる。回されていた腕が解ける。


「お坊ちゃまがいつも通り鼻につくわね」


 エリスを自分の背後に隠し、クローネはそう挑発した。アルバートはまるで余裕を見せるように口を閉じながらため息を吐き出す。


「おやぁ? いつの間にか仲良くなったみたいだ。僕の知る限り、そんな関係性でもなかったと思うけど……あぁ……なるほどなるほど。”傷の舐め合い”か。アッシュ達は犬猿の仲もほぐすのか。羨ましいなぁ」


 クローネがすごい小声で、順位をひっくり返したら地面を舐めさせてやると唸る。アルバートは聞こえていないようで、視線を外の巨大なバルコニーへと移した。


「そういえば、貴族たちはみんな自分たちの交流で忙しい。あのバルコニーにはだれも行かないようだ。なぁ……姉さん」


 エリスが胸を抑えて、過呼吸気味になる。私はエリスの手を優しく握る。アルバートは私たちに背を向けた。視線だけはエリスを見つめながら。その口角はずっと上がっていた。



 私はエリスに大丈夫? と優しく声をかけた。けれど、私の手から彼女の手が解けるように離れていく。まるで私のことが見えていないかのように。


「エリ……」


 最後まで彼女の名前を呼べなかった。まるで聞こえていないかのようだったから。私の視界からエリスの白いドレスが人混みに紛れて消えていく。ドクン、と胸の奥が嫌な音を立てて跳ねた。何をぼーっとしているのかしら私は。探しに行かないと。


 私は小さい身長のせいで彼女をうまく探せない。


「エリス?」


 名前を何度呼んでも返事がない。私の手がグッと掴まれた。私はバッと振り返った。「落ち着いて」というクローネの声が、熱くなった私の頭へと静かに染み込んでいく。


「え、えぇ。ごめんなさい。少し取り乱したわ」


「……あんた、いつも感情がないみたいな雰囲気だけどさ。そうやって感情に振り回されることもあるわよね。でもそういうとこ好き。一緒に探そ」

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