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契約更新

 ――翌朝。寮から少し離れた林の中、木漏れ日の下で、私はエリスに稽古をつけていた。彼女は細身の剣を私の腕めがけて切り払う。細身の剣が空気を切り裂く音。私はそれを氷の剣で受け止める。氷の剣越しに、彼女の迷いのない力が伝わる。


「良い太刀筋ねエリス。どこで習ったのかしら」


 エリスは半歩下がり、間合いを取り直すと下から斬り上げるように細身の剣を振るう。私は半歩下がり、切先が顎スレスレで通り過ぎていく。


「昔から……弟と専属の剣士に習っていました。寮に入ってからも稽古自体は続けててっ……!」


 私は間合いを一気に詰める。後ろへとのけぞるエリスへと囁く。


「もう剣の間合いじゃないわね。どうする?」


 エリスは持ちてを逆手に変え、突き刺すような動作を見せる。


「正解。相手が私じゃなければね」


 エリスの足を払う。彼女はハッと目を見開き、体勢を崩しながらも片足を軸に私の胴体を掴み、投げ飛ばそうとした。私はエリスに抱きつくように体重を乗せながらエリスを投げ返す形で覆いかぶさる。地面へと押し倒されたエリスは短い悲鳴を上げる。


「うっ……!」


「やっぱり……戦闘センスが高いわね。どうしていつも自信なさげなのかしら」


 私はエリスの上から体を遠ざけた。エリスは悔しそうにしながら負けましたと呟いた。


「全然勝てる未来が見えません……自信については、それがつくような……環境じゃなかったからだと思います。いつも弟と比べられて、負けてたので」


「ふーん……でも誇っていいわよ。やっぱりあなたは強いわ。弱いと自己暗示をかけるから視野が狭まるのよ。選択肢が弱腰なの。さて、舌を出してもらえるかしら?」


「舌……?」


 エリスが「んべっ」と素直に舌を出す。私がエリスに魔力を送ると、紋様の輝きはかなり弱くなっていた。


「そろそろね。契約の更新をしましょうか」


「契約……えっ、今ですか?! まっ……んっ……」


 その唇を、問答無用で塞いだ。土で汚れた服を気にすること無く互いの体を重ね合わせる。エリスが私の胸元のシャツを掴んで力みながら震えている。舌を差し出すとエリスは受け入れるように唇を開いた。


「んっ……イルナさん……ぁ」


 舌と舌が絡み合い、唾液と空気が混ざるいやらしい音が林の中でこだまする。互いの唇から漏れ出した糸が地面へと落ちていく。エリスがより密着する。


「溶けちゃいます……」


 エリスの舌が私の舌を迎えるように動く。互いの魔力がつながりを強くしていくのを感じる。ピクッ……とエリスが私のシャツを握る手をこわばらせる。


「ぁ……あっ……んっ……!」


 ――互いの唇が離れる。エリスは下を向いて私の胸に頭を押し付けている。呼吸を止め、やっと息を吸い始めると荒い息のまま、その潤んだ目で私を見上げる。


「あの……もう少しなんとかなりませんか? 毎回これだとその」


「興奮する? でも随分と慣れたみたいね。自分から舌を動かすなんて」


「ちがっ……! 絶対イルナさんの勘違いですぅ!」


 ぽかぽかとエリスは私の胸を叩く。私はクスクスと笑いながらはぐらかす。


「ほら、授業も始まるわ。行きましょ」


 私は立ち上がって彼女に手を差し出した。エリスはその手をとり、立ち上がった。


 私はふと視線を下に向ける。ツーッと白い糸が彼女の太ももを伝いおちていくところだった。私の視線を追ったエリスが、ハッと息を呑んで完全にフリーズする。次の瞬間、爆発するように顔を真赤に染め上げた。


 エリスは弾かれたように私の手を離すと、内股になりながらスカートを抑える。プルプルと震えながら、涙目のまま私を睨みつけてきた。


「だっ、だからなんとかしたかったんですよ!! せめて夜とかにしてください! うぅ……着替えなきゃじゃないですかぁ……」


「かわいくて好きよ? 素直な子は」


「うっ……もう口を閉じてくださいっ!」


 ぷくーっとほっぺを膨らませ、エリスはハンカチを取り出した。




 ――その日の放課後、二人で寮へと向かいながら私は学生証を確認していた。学生証に表示された『九百五十位』の数字を見つめる。少しずつだけれど、順位は上がっているわね。たしかフラン達も同じくらいの順位だったわね。正直、あの第零席のことを考えると私一人では厳しいわ。それにエリスが認められる必要があるのだからもっと強くなってもらわないと。


「ねぇエリス。あなた剣士はしないのかしら」


 キョトン……とした顔で私を見るエリス。


「私がですか? 私なんかじゃ……」


「いいじゃない。魔法剣士になれば。あなたの才能は私が保証するわ。中々の腕前よ。それに、魔法を使いながら剣を振るくらいはあなたには簡単でしょう?」


「できなくはないですが……」


 やはりどうしても後ろ向きね。どこかでまた自信をつけさせるような出来事があるといいのだけど。依頼をこなすついでに訓練でもさせましょうか。魔物相手のほうがやりやすいでしょうし。


 ――寮の扉を開けると、黒いドレスで着飾ったクローネが鏡の前に座っていた。その後ろで、メイドのラディエが手際よく彼女の髪を結っている。胸元の空いたドレスと大人っぽい化粧。普段は制服で隠れている柔肌は少し赤みがかっている。クローネが私たちに気づくと頬を少しピンク色に染め上げた。


「……なによ。あんたたちも早く準備しなさいよ。王族の夜会があるんだから。一応フランも誘ってあげたけど、用事があるからって断られたわ。まぁ、あの子が王族の夜会で大人しくできる気はしないし別に……」


 強がりを言ってはいるけれど、その視線は寂しそうにフランのベッドへと向いていた。数秒見つめた後、ふんっとベッドから顔をそむけてわかりやすく拗ねてみせる。本当に素直じゃない子ね。


 ラディエがクスクスと笑いながら私たちにお辞儀をする。


「皆様のお仕立てもわたくしが行わせていただきます。ご要望はいくらでも承りますので遠慮なくおっしゃってくださいませ」

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