仲直り
扉の前で葛藤しているのね。人というのは勇気を出すのがとても難しいのだから。仕方ないわね。手伝ってあげたいけれど……その必要はなさそう。だって足音が聞こえてくるもの。
「クローネさん?」
エリスの声が、扉の向こうから聞こえてくる。あの子も運が悪いと言うか、いえ……運が良かったのかもしれないわね。扉が揺れる。きっとクローネが飛び退いて背中を扉にぶつけたのね。慌てふためく彼女の声が聞こえてくる。
「エ……エリス?! な、なんで」
「え、なんでと言われましても……早起きをしたので少し魔法の訓練を……クローネさんは私に用……ですか?」
少し警戒するようなエリスの声。
「まっまって違うの……今日は、そのいじめたいとかじゃなくて」
キョトン……とするような抜けた声をエリスは返した。
「へ? では……なんの用事で」
忙しなく布が擦れる音。言い淀む声がクローネから漏れている。
「あ……あのさ。エリス」
「クローネさん?! なんで頭を――」
「ごめんなさい!! 本当に……ごめんなさい」
戸惑うエリスの声。何度もつっかえながら震えても最後まで言いきったクローネの声。涙が床に落ちる音が私には聞こえる。
「いっぱい傷つけて、いっぱい嫌な思いをさせて……本当にごめんなさい」
「わ、私は……」
口ごもるエリスを前に、クローネは震える声でこれまで隠してきたすべてを打ち明け始めた。
父親の命令に逆らえず、人形としてエリスをいじめていたこと。取り巻きたちも父親の息がかかった人たちであること。どうして命令に逆らえなかったのか。
「私……ずっといいなりだったの。お父様に逆らえなかった。怖くて、弱虫だった。踏みつけられて、殴られて、何度も何度も骨を折られて。刺されることもろうそくの炎で肌を焼かれることもあった。中等部で二番になってからずっと……お父様は怖くなった。私はそんな日々に怯えてたの」
エリスの息を呑むような音。クローネは深呼吸をして続ける。
「だから、死のうとしたの。でも、イルナに止められた。エリスが……合図をしてくれたおかげで私は生きてる。イルナがいたから……私はお父様に逆らえたの。
――ありがと……ごめっ……ひっ……ぐっ……ごめんねっ」
すべて聞いたエリスの声は揺れている。
「クローネさん……私は――怒ってないんです。辛くなかったっていうと、嘘になります。いじめられていたことよりも……私は、私の現実が苦しかったんです。落ちこぼれって言われ続けて、家でも……居場所がなくて。そんな無価値な自分を再確認しているようで。それが辛かったんです」
「ごめんね、私がっ…」
「もう謝らないでください。私は……クローネさんを責めませんから。仲直り……したいです」
扉から離れていく足音。クローネの泣き声がこもっている。たぶん……エリスに抱きついているわね。私は扉から離れた。
フランが「んー……」と寝ぼけながら起き上がる。私はそっと近づいて彼女を抱きしめた。
「はいはい。二度寝しましょうねー」
「んー……わかったぁ」
一緒にベッドに入り込み、私は目を閉じた。扉の奥から聞こえる二つの泣き声を子守歌にして。
――私の目が覚めたのは一時間後だった。フランがもぞもぞと起き上がる。寝ぼけた目をこすりながら私を見ながら首をかしげている。
「あれ? イルナちゃん? なんで私のベッドに? まいっかー。おはよー」
私も起き上がり、フランの額にキスをする。
「おはようフラン。抱き心地良かったわよ」
なにせ、私たちにはないサイズをこの子は持っているもの……破壊的だわ。ふと、部屋の隅からコツコツとペン先が跳ねる物音が聞こえ、私は机の方を見た。いつの間にか戻ってきていたエリスが、目を腫らしながら勉強をしている。でもどこか口角があがっていた。勉強の手を止めて私たちの方へと顔を向けた。
「あっ、おはようございますイルナさん、フランさん」
私とフランはそれぞれ、おはようと返す。私はエリスに今日は機嫌が良さそうねと聞いてみた。エリスは嬉しそうに私に報告をしてくれた。
「クローネさんと仲直りしたんです! お友達にもなっていろんなことを話したんですよ! 今日は一緒にお昼ご飯を食べる約束までしましたっ! えへへっ」
「そう、良かったわね。幸せそうでなによりよ。言っとくけどここがゴールじゃないわよ?」
私たちが目指すのはスローネなのだから。
「もちろんですっ。でも今はもう少し……この幸福の余韻に浸っていたいです」
――授業が始まる前の教室。私たちはいつも自分たちが座っている席へと腰掛ける。クローネは窓際の席でただ一人、窓を眺めていた。まだ私たちには気づいてないみたい。
取り巻きの子たちは話しかける様子すらない。おそらくクローネの父からお役御免を受けた。というところかしら。命令もなければ旨味もない。だからクローネとは関わらない。という感じかしらね。さんざんあやかっておきながら冷たい子たち。いえ、あくまですり寄っていたのはクローネの父に対してだもの。仕方ないわ。
エリスが両手を上げて声をかける。
「クローネさんっ! こっちに来て一緒に座りませんか!?」
クローネが驚いて、開けた口を閉じるのを忘れている。
クローネとエリスの関係性を誰もが知っていたせいか、教室中が静まり返り、全員が息を呑んで成り行きを見守っている。
クローネは唇を噛みしめるように閉じると、バッと勢いよく立ち上がった。そして真っ赤な顔を隠すように早足で私たちの席へと歩いてくると、そっぽを向いたまま腰を下ろした。
「しっ……仕方ないわね。あんたがそこまで言うなら、隣に座ってあげるわよ……」




