明日からの私たち
「私は最下位から灰色の第零席へと上り詰めたフラン・ファニス。及び同じくアッシュスローネ――クローネ・グラス・グラヴィエ」
それは希望だ。灰色という最低評価。最下位という圧倒的落ちこぼれ。それが学院のトップに君臨している。最下位含め全員が、第零席に座る資格があるのだと証明していた。
生徒たちへの言葉は、それだけだった。フランは今度は教師たちへ顔を向け、宣言する。
「私は第零席として卒業し、今後オーディネイトの称号を得て、治外法権の存在となります。そして至高評議会へと席を置く」
擬似的な王族の剣を消し、彼女はさらにこう言った。
「学院に、一つの要求を叶えてもらう権利。それを使い、私は要求します。アッシュ、ミスリル、オリハルコン、ノワールというクラスを、学院の評価として与えることを禁止します」
色を、ただのクラス分けにするということだった。教師たちがざわつく。不思議じゃない。自分たちが決めてきた評価を、なくすと言われたのだから。
私は龍の目を開いた。けれどそれと同時――どよめきの声を押さえるように、クローネの重力魔法が会場の全員へかかる。
クローネが発言をした。
「順位システムだけで事足りる。学院の評価? 笑わせるわね。あなた達の前に立っているのは誰? アッシュよ。第一席は? アッシュ。それとも、第零席が卒業するってのに、その褒美である学院が叶えられる願いを叶えないとでも?」
フランが手でクローネを止めた。重力が消える。私も目を吸血鬼のものへと戻した。
「正当な権利です。脅すつもりはございません。ただ、あなたがたの評価が不当であり、可能性という芽を摘む毒であることをお忘れなく」
フランとクローネは背を向けた。最後の一騒動が終わり、卒業式はそれ以上、事件を起こすこともなく静かに終わった。
私たちは学院の裏門に集まっていた。外の風がローブの裾を揺らす。迎えの馬車を待ちながら顔を合わせると、まだ何か言い残したような気がした。
「イルナ様……」
「どうしたの? ベール」
「その、お迎えの馬車が来てしまったので」
「……さみしくなるわね」
「私も……すごく、さみしくて……私っみんなと……」
「わかってるわ。わかってる。だから泣かないで」
ベールを優しく慰めるように抱きしめた。互いに見つめ合い、キスを交わした。名残惜しそうに、唇が離れていく。
「イルナ様、エリス、クローネ、フラン……またね。またねだからね」
ベールは元気よく手を振って、馬車へ乗り込んだ。最後まで手を振り合って……その姿が遠ざかっていく。ほどなく、見覚えのある馬車が止まった。降りてきたのは、クローネのメイド、ラディエだった。
「クローネお嬢様。お迎えに上がりました」
「えぇ。お疲れ様ラディエ」
「……お嬢様、目が」
「あぁ、これ? 魔族の血を濃くしすぎたから」
「そうですか。どのようなお姿でもお嬢様はお嬢様です。参りましょう」
「そうね。ねぇ、ラディエ……お父様は、私が一度帰ることをどう思ってるのかな」
もう、あの父親がクローネを虐げることはできないでしょう。強さも、権威も、彼女は十分に示した。それでも聞いてしまうのね。どんな親でも、クローネにとっては……親なのでしょうね。
「……主人様には内緒ですよ。お嬢様のご様子は、その都度お調べになっていました。気になるのでしょう。歪んだ愛情ではありますが、当主を担わせるためだけでなく、気にかけておられたのだと思います。クラウンに上がった時には、秘蔵のワインを開けておいででした。先日、第零席に上がった時には……ガッツポーズを見てしまいました。口止めはされておりますが」
「……は?」
「本当です。嘘ではありませんよ。厳しく当たり、価値はないと口にしても、愛していたのでしょう。あの方もまた、そのような愛情を受けて育った方ですから。主人様とは、小さい頃からのお付き合いですので」
「待って。うん、待って。複雑すぎる。すんごい苦しかったし、今でもぶん殴りたいけど……あぁー無理。今解決しないわ。この感情。一切許さないけど……引きずってるわけでもないし……あー……もう。心の奥底にあるちょっと嬉しいってのが消えないのが、意味わかんないっ。ラディエ! 馬車の中で愚痴るからちゃんと聞きなさいよ!」
「ふふっ、はい。クローネお嬢様」
馬車へと乗り込む直前。
「フラン、またすぐ会えるだろうけどさ。やっぱ少しでも寂しいわ。ずっと一緒だったし。エリス、あんたを最初に認められたこと、すごく誇りに思ってる。イルナ、あんたにはもう何度もお礼言ったからもういいでしょ」
「ちょっと、それが私に最後に言う言葉?」
「どうせまた会うでしょ。いくらでも。だから一回しか言わないわよ――あんたのことちょー大好き。愛してる。じゃっ!!」
耳を真っ赤にして馬車へと乗り込んでしまった。奥から「ラディエ! 今すぐ出しなさい!」という声が聞こえる。
ラディエはクスクスと笑いながら、馬車を走らせた。私は手を振ることも忘れていた。クローネから、あんな言葉が出るなんて。遠ざかる馬車を見送ったまま、そっと頬に手を当てる。
「……熱いわ」
続けて、フランの馬車が到着した。あの事件があったからか。それとも、レギウスの指示が取り消されたからか。厳重な装備を身につけた王国の騎士が出迎える。私たちがフランの正体を知っていることは、向こうも承知しているのでしょう。
騎士は私たちを気に留めることなく扉を開けた。フランが馬車の段を上がりかけて、こちらを振り向く。
「エリスちゃん。イルナちゃん。子供っぽい私を受け入れてくれてありがとう。友達のいなかった私と、友達になってくれてありがとう。たくさん守ってくれて、たくさん喋ってくれて、たくさん抱きしめさせてくれてありがとう。みんなと一緒にいたから孤独じゃなかった。一人じゃなかった! またね。大好きだよ」
彼女は駆け下りて、私たちをぎゅーっと抱きしめた。
「ええ。私も大好きよフラン」
「私も大好きですっ。フランさん!」
「えへへっ、私もー!!」
「ふふっ、もう聞いたわよ」
フランは涙を浮かべながら、馬車へ乗り込んだ。窓がないから、その顔はもう見えない。それでも「またねー」と呼ぶ声が、何度も届いていた。
エリスが、ぼそっと呟く。
「行って……しまいましたね。あとは私たちも、迎えが来たら乗るだけです。アルバートは別の馬車で帰るそうですよ」
「そう。なんて言えばいいのかしら。どこか、落ち着かないわね。来るはずの明日が来ないとでも言えばいいのかしら」
「まだ続きますよ。私たちの人生は」
エリスの手が、私の手を優しく包んだ。
「……そうね」
後、何十年……かしら。私がまた、一人になるまで。




