灰色を胸に
――翌朝。鳥のさえずりが聞こえる。昨夜のことは、よく覚えてる。どうにかお願いして、カデットの食堂でご飯を食べた。少し騒ぎになったけれど……とても懐かしかった。質素な味だけど、美味しかったわ。
寮の部屋で思い出を語り合って、また泣いて。途中、ベールも顔を見せて。そして、時間が流れてまた四人になって。
ふふっ。それでフランが、今日はみんなで寝るっ! とか言い出したのよね。一つのベッドで?! って、みんなで驚いた時の顔は忘れられないわ。
だから……
「重くて起きれないのだけど。私が一番下なのよ」
目を細めながらそんなことを言ってみたけれど、みんなぐっすりと寝息を立てて気持ちよさそうに……はぁ。全員に乗られても大したことはないけれど。
……仕方ないわね。もう少し我慢しましょう。
開いていた窓から流れ込む春風に包まれ、私はどこかすっきりした気持ちになっていた。いっぱい泣いたからか、思い出を語りまくったからか。それはわからないけれど。明日からはどんな毎日になるんでしょうね。
もぞ……っと私にのしかかっているエリスが身をよじる。
「んっ……んぅ。おはよう……ございます、イルナさん」
「おはよう……エリス」
エリスが動くと、折り重なっていたフランとクローネも目を覚ました。最後の準備が始まる。寝間着を脱いで影へしまうと、黒い下着姿が鏡に映った。ほんと、成長しないわ。エリスもクローネも、フランだってちょっと成長してたのに。
シャツの袖に腕を通す。シャツとガーターベルトの姿で、少し身体を斜めに捻ってみた。
……やっぱり大きくなってない。諦めてボタンを一つずつ留め、スカートとリボンを身につける。エリスに髪を整えてもらい、灰色のブローチを襟元につけた。ローブを羽織ってから、胸元の魔力隠しのネックレスをそっと撫でる。
「うん、今日も……かわいいわ」
「はいはいかわいいかわいい。こっちも鏡使うんだから終わったなら交代しなさい」
まだ髪を結んでいないクローネが横から割って入る。ゴムを使って髪をツインテールに仕上げていく。ぱっぱと済ませると、フランの手を引いてイスに座らせた。
「あんたは今日、大一番なんだから、もっとかっこよくしないと」
「いつも通りでいいよぉー……髪の長さも肩くらいまでしかないし」
「いいから」
クローネは器用に編み込みを作り、後ろへまとめていく。黒いリボンで結ぶと、肩ほどの長さの髪が小さなポニーテールになった。緑がかった金髪の下で、フランが照れた顔をしている。オッドアイを隠しているのがもったいないわ。
「あ、ありがと」
髪型を崩さないよう、フランがそっと立ち上がった。最後はエリス。イスに座らせ、薄いピンク色の柔らかな髪に櫛を通していく。華奢な体つきはずっと変わらず。でも、少し背が伸びたかしら。
衣服を整え、灰色のブローチを襟元につけてあげる。エリスが立ち上がり、私へ振り向いた。慌てん坊だったこの子が、少しだけ私を見下ろしている。ほとんど変わらないけれど。今度は彼女が手を伸ばし、私の衣服を整えてくれた。
「完璧です。行きましょう。最後の……学院生活を締めくくる卒業式に」
私たちは、この部屋に別れを告げた。扉を閉めても、すぐには足が出ない。もうここへ帰ってくることはないのね。私はエリスと繋いだ手に、少しだけ力を込めた。
――全校生徒が集まる大きな会場。扉をくぐると、幾重にも重なる話し声が高い天井へ響いていた。中央の通路を挟んで、奥まで椅子が並んでいる。学年ごと、さらに配色ごとにまとまった生徒たちの間を、私たちは前へ進んだ。
壇上の近くには、クラウンとスローネの特別席。そこだけが、生徒たちに向き合うように置かれている。振り返れば、たくさんの顔と、胸元に光る色とりどりのブローチ。
私とエリスは第一席へ。そして……クローネとフランは、第零席へ。
卒業式は進行していく。去年と変わり映えのしないはずなのに、今日が終わりの日なのだと思うと胸が痛くなる。当事者だから……でしょうね。
クラウンたちが、一組ずつ呼ばれていく。言葉を残す者もいれば、前に出るだけの者もいた。私たちの名が呼ばれ、壇上へ歩み出る。挨拶はしなかった。もう十分、魅せたと思っていたから。
ベールが……泣いてる。昨日あれだけ私に抱きついて号泣してたのに。まだ泣き足りないのね。大丈夫よ、ベール。卒業しても会いに行くわ。
背後の第十席からは、「姉さん……」とアルバートの泣く声がした。彼、エリスに負けてから本当に慕うようになったわね。自分の父親にすら反抗していたのだから、驚きよ。第十席まで上り詰めるなんて、思わなかったけど。
リゼットとセリウスにも見てほしかったのだけど。仕方ないわね。私たちよりも一つ上の学年だったもの。元気にしているのかしら。
くいっとエリスに手を引かれ、私は我に返った。生徒たちへ背を向ける。入れ替わるように、フランとクローネが歩いてきた。
私たちが席へ戻ると、会場がざわめき始める。まだ第零席になって間もない二人。集まる視線の中で壇上に立ったフランが、擬似的な王族の剣を作り出した。床へ、強く叩きつける。
響いた音に、ざわめきが途切れた。静寂の中、みんなが彼女を見ていた。




