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泣き虫

 ――私は自分のマスケット銃を優しく撫でていた。この学院に来てから三年間、使い続けていたから。ここに来るまではそんなに使う機会もなかったのだけど。


「ふふっ……」


「ふふっ……じゃないわよ!」


 私のおでこにクローネの人差し指がグリグリとねじ込まれる。


「うっ……ちょっと、何するのよクローネ」


「なぁーにしんみりした風にサボってんの? 明日卒業式で、この部屋をみんなで掃除してる最中でしょうが!」


「いいじゃない。私は荷物ないもの」


「……あんたの横に置かれた箒はなに。は・き・そ・う・じ!」


「……意地悪」


 ほっぺを両方ぐにぐにされ、無理やり箒を手渡された。魔法を使えばさっさと終わるのだけど、こういう時にわざと効率の悪い方法を取ってしまうのは……どうしてかしらね。


 ささやかな抵抗も虚しく、床のホコリを掃き始める。机とベッドの隙間から、すり減った鉛筆が転がり出た。箒を止め、かがんで拾い上げる。指に収まるほど短くなっている。


 私が影で見ていた時から……ずっと努力していたわね。いつ終わるかも分からない暗い底でも、成長を続けていた。そっと指先で鉛筆を転がしてから、影へしまう。


 いつか、みんな死んでしまう。私を置いて。だから、こうしていろんなものを残しておきたい。一人ぼっちになった時、空の下で一緒にいるような気分になりたいの。


 本当に……寂しいんだから。


 クローネに怒られないように、私は掃き掃除を再開した。エリスはお風呂や洗面台。フランはベッドのシーツなどを洗って外に干しに行っている。いろんな場所をはけばはくほど、思い出が蘇ってくる。


 時折、手が止まっては、また動き出す。集めたホコリをゴミ箱へ捨て、窓を開けた。暖かい風が頬を撫でる。振り返ると、部屋が妙に広く見えた。


「からっぽに……なっちゃった」


 おかしいわ。どうしても、視界が歪んでしまう。ベッドのシーツも、クローゼットの中身もない。机に積まれていたフランの魔法術式の紙も、エリスの机に並んでいた、たくさんの教科書も。物に隠れていた天板が、端まで見える。窓からの光が、何にも遮られずにそこへ差していた。制服も、全部……


「いやよ……いやっ……終わりたくない」


 クローネが、手を止めた。


「……仕方ないでしょ。同じ時間は続かないんだから。ほんと泣き虫ね」


 暖かいクローネの身体が、私を包んだ。私は泣きじゃくった。「うわぁぁぁあ」って、大きく口を開けて、みっともなく。私の背中を抱くクローネの指に、少しだけ爪が立つ。


 大人ぶってるくせに、さっきの声、震えてた。私の背中に、冷たい染みが一つ、また一つと広がっていく。なによ、あなただって……泣き虫じゃない。ばかっ。


 その向こうで、くぐもった声がした。私の龍の耳は、シャワー室にいるエリスの泣き声まで捉えてしまっていた。


「私も……終わりたく……なっ、ひぐっ……いですっ」


 誰か、私の悲しみを止めて。私の涙を止めて。笑顔で、楽しかったって卒業したいのに。言いたいことはいっぱいあるのに、全部言葉に出来ない。


 少し落ち着いてから、「もう……大丈夫よ」とクローネに呟いた。身体が離れる。その頬には、まだ涙が伝っていた。


「濡れてるわよ。泣き虫クローネ」


 彼女は涙を袖でゴシゴシ拭いてから強気で言った。


「は、はぁ?! あんたほど泣いてないし」


「……なんのことかわからないわ」


「あっ!! なかったことにしようっての? 私はぜぇーったい忘れないからね。あんたの泣き顔!」


 私はほっぺをふくらませる。だって恥ずかしいもの。


 バンッ! と扉が開いた。乾いたシーツを抱えたフランが、大声で泣きじゃくりながら入ってくる。フラフラと左右に揺れながら近づいてくる。


「うぇぇぇええんっ! 卒業したくないよぉぉぉお!!」


 せっかく乾いたシーツに、涙がポタポタと落ちていた。シーツを抱き潰しそうなほど力が入っていて……あまりに子どもっぽい姿に、ほっぺの空気が抜ける。クスッと笑ってしまった。まだ、私の目にも涙は浮かんでいるけれど。


「あははははっ、みーんな泣き虫ねっ」


 クローネも吹き出して、フランからシーツを受け取った。フランは首を傾げ「なんで笑ってるの?」と私たちを見ている。


 シャワー室の扉が開いた。「掃除、終わりました」と出てきたエリスは、目を腫らしていた。まだ袖についた涙の跡が湿っていた。


「聞こえてました。みなさん泣いていたみたいですね」


 私はいたずらに微笑むと、エリスに問いかけた。


「ふーん? エリス、涙の痕ついてるわよ?」


「っ?!」


 エリスがゴシゴシッと目を拭いた。


「私だって……卒業、したくないですもん。イルナさんに出会ってから、全部変わって……大変なこともすごく多かったけど、終わりたくないって思えるくらい……この場所が、この人生が……好きになりました」


 拭いたばかりの目に、また涙が浮かぶ。スカートの端を両手で掴み、プルプルと震えていた。


 私は目を伏せた。一歩、また一歩を踏みしめて、エリスを抱きしめる。クローネのおかげで、少し余裕があるから。今は私が支えてあげる。その隣で、クローネもフランを抱きしめていた。


 あーあ。掃除……終わってしまったわ。

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