灰色の終幕
世界が静まり返る。イルナちゃんとエリスちゃんが作った太陽も、月も、龍も消えていた。クローネちゃんの重力さえも。空気中の全ての魔力を消し去る、禁忌階梯魔法術式。
「私だけが、この世界の管理者になる。絶対的な上書き。そして、主神の座に座ったエルワースを再現する」
それでも、身体の中にある魔力まで使えなくなるわけじゃない。だから、まだイルナちゃんたちと戦わなきゃ。神樹の鎖を自壊させて奪った魔力も、発動に使った。それでも私の魔力は底が見えてる。でも、この世界なら……まだ戦える。
私は王族の剣を地面へ突き刺した。微かな呼吸音さえ聞こえない中、遠くから荘厳な音楽が響き始める。幾重にも重なる音が、王の登場を称える喝采のように会場を満たした。私は呟く。
「禁忌階梯魔法――アブソリュート・レガリア・エルワース」
お姉ちゃんと同じ禁忌階梯魔法。この瞬間、私以外は立つことを許されない。雷が轟音と共に地へ落ちる。王に頭を垂れるように。業火が地面を這い、決闘場を呑み込むほどの水が広がった。
影はあらゆるものを地面へ縫い付け、光は世界の隅々まで照らし出す。立ち上がろうとするものを巨大な樹木が押さえつけ、無属性の圧力が押し潰す世界。
今の私は、無詠唱も全属性の魔法も使える。魔法術式でたどり着いたんだ。お姉ちゃんと同じ場所まで……!
”王を讃えよ”という終幕もある。まだ……戦える。
そう思って、私はイルナちゃんとエリスちゃんを見た。二人とも、どうして武器を下ろしてるの?
イルナちゃんがマスケット銃を下ろしたまま、呟いた。
「エリス……ごめんなさい」
銃に展開された魔法術式は、もう回転していなかった。エリスちゃんの剣にも白銀の炎が微かに灯る。けれど、すぐにくすぶって消えた。彼女が一歩踏み出そうとする。その膝から力が抜けた。
「謝らないでくださいイルナさん」
――え?
二人が武器をしまった。私の禁忌階梯魔法が、消えていく。擬似的に作った王族の剣も一緒に。支えがなくなって、私はぺたんと座り込んだ。だって、ギリギリだったんだもん。立っているのだって、気合いだけだったから。
会場は静かなままだった。勝った。二人に、勝ったんだ。そう思った途端、視界が涙で潤んで歪む。
「あっ……あぅ……」
子どもみたいに泣いてしまいそうで、下唇を強く噛んだ。そんなみっともないところ、見せられない。いつか、王族として名乗るんだから。私は何度も涙を拭った。
その先で、イルナちゃんも泣いていた。
「ごめんなさいっ……エリス、私はっ、あなたを……第零席に、私」
エリスちゃんはイルナちゃんを優しく抱きしめた。
「イルナさん。いいんです。第零席から降ろされちゃったのは……残念ですよ。だって、やっと認めてもらえたんだって。でも、約束は守ってくれたじゃないですか。第零席には座れたんです。あの頃の私は、惨めで、誰にも認めてもらえないから泣いていました」
「エリスッ、私が……もっと魔力を残してれば」
エリスちゃんが、ぽんぽんっとイルナちゃんの背中を叩く。
「クローネさんが、私を認めるのが怖かったって言った時、すごく嬉しかった。それだけで満足してしまうくらい。でも、フランさんも、イルナさんも、私を認めてくれました。他にもたくさん。もう十分なくらい認めてもらいました。ここにいる誰も、私を落ちこぼれと笑ったりはしません」
身体を少し離し、イルナちゃんの瞳を見つめる。そして、満面の笑みを見せた。
「私はっ、イルナさんに出会えてすっごく幸せでしたっ!」
イルナちゃんが、唇を噛みながら大粒の涙をこぼしていく。どこか不器用に笑顔を作って「私も」と呟いた。
私たちの声が、客席まで届くはずはなかった。それでも、まるで示し合わせたみたいに歓声が押し寄せてきた。その中で、私は地面に手をつく。立ち上がれないまま、這うようにクローネちゃんの元へ向かった。そして、突き刺さった短剣を引き抜く。
「やったよ……クローネちゃん。第零席になったよっ。クローネちゃんのおかげで……」
「いっ……たぁぁあ!! 私気絶してたんだけど! 起こし方が痛すぎるんだけど!?」
「えへへっ、ごめん。うつ伏せで寝てるからわかんなかった。えへっえへへっ」
覆いかぶさって、クローネちゃんを強く抱きしめた。背中に顔をうずめて、身体を丸める。
「……あり、がと」
ちゃんと、お礼を言いたいんだよ? でも、声が震える。涙が溢れて、言おうとするたび喉が詰まって……うまく言えないの。
「……いいわよお礼なんて。ただ、約束守っただけ……だから。まぁ、もう少し強く、抱きしめても……別にいいから――あがっ! イッタァ!! ちょっ、限度!」
ぎゅ~~~~っ。
「……ごめんね」
「少し離れなさい」
言われた通り、少し離れた。クローネちゃんが身体を返して仰向けになる。その指先が私の頬をそっと撫でて、ゆっくりと離れていった。
「フラン。あんたとずっと一緒に頑張ってきたこの三年間、本当に楽しかった。誰かの為に頑張ることになるとは思わなかったけど。イルナにね、自分の苦痛の人生から救われて、やることがなかった。自由の使い方を知らなかった。成り行きであんたのペアになってさ、いっつも引っ付いてきて、人懐っこくて……気づけば好きになって。そしてあんたの秘密を知って」
私の涙をクローネちゃんがそっと拭った。
「自分の友だちがそんな暗闇の中にいるんだって知って、気づけば自分からあのフィアナに宣言してた。あんたの偽りなき名を取り戻すって。卒業しても、私はあんたの隣にいるからね」
「う……うぅ」
クローネちゃんの胸に、自分の頭を押し付けた。あぁ、終わっちゃう。楽しかった私の学生生活が。小さなあの部屋から始まったみんなとの時間が……
嗚咽が止まらない。終わりたくないよ。もっと、みんなと一緒にいたいよ。
私の背中に、クローネちゃんが腕を回した。
「卒業したら、また終わりたくないっていう新しい幸せが来るわよ。私が……約束してあげる」
その腕の中で、私は小さく子どもみたいに泣いた。




