あの日の刃
エリスちゃんが、私の鎖から剣を勢いよく引き剥がした。激しい火花がいっぱい散る。眩しいくらいに。私の魔法術式と、エリスちゃんの反魔法が相殺しあって、完全には止めきれない。
続けて、もう片方の手から氷の剣が離れた。押し合っていた重みが消え、クローネちゃんの短剣が前へ流れる。空いたエリスちゃんの手に、別の氷の片手斧が回転しながら収まった。それはクローネちゃんが体勢を戻すより早く、エリスちゃんの手によって振り下ろされる。
「ノクト・グラビティア――クルワトゥラ!」
ピタッとエリスちゃんの腕が止まる。それでも、斧の刃は少しずつクローネちゃんへ近づいていく。
――パキンッ。
クローネちゃんの重力魔法で、片手斧にヒビが入った。そこへ、重力を乗せた短剣が一閃。斧が真っ二つに割れる。追い打ちをかけるように、クローネちゃんがエリスちゃんの襟元に手を伸ばした。けれど、閉じ込めるはずの重力が反魔法に弾かれ、エリスちゃんが後方へと下がっていく。
――指を鳴らす音。空間に鏡の破片が散りばめられるように広がる。そして、ラビが両手の親指と人差し指で四角を作る。二人を映す鏡を効果範囲に入れるみたいだった。その瞬間、近くにあった鏡が音を立てて割れると共に、イルナちゃんとエリスちゃんが同時に吹き飛んだ。
イルナちゃんがちらりと龍の目を見せた。まるで全ての鏡を見るかのように。
「エリス! 反魔法一秒!」
「はいっ!」
「第六階梯魔法――グレイシャル・オブリヴィオン」
喉を押さえる。咳が出て、息を吸い直すことすら苦しい。肺まで凍りそう。猛吹雪の向こうで、鏡面を霜が走る。映っていた私たちの姿が、次々と白く塗り潰されていった。
地面に突き刺さっていた氷の武器が宙に浮く。白く曇った鏡へ、一斉に突き立った。砕ける音が、会場のあちこちで重なる。
「けほっ……けほっ……ラビの鏡が」
冷気が白く濁る中、クローネちゃんがエリスちゃんに手を向ける。
「ノクト・グラビティア――カンプス!」
エリスちゃんが上空へと投げ出される。それもとてつもない速度で。
「一秒経ったわよ!」
天井にぶつかる直前、エリスちゃんが小さく息を詰めた。身体をくるんっと回し、両足を天井へ向ける。
凄まじい轟音。受け止めたカンプスの衝撃が、足元から天井の端まで亀裂を走らせた。クローネちゃんが苦笑いする。
「嘘でしょ……どんな筋力してんのよ」
「むっ、筋力じゃないですっ! 龍の魔力です!」
「そこ大事?!」
「乙女には大事ですよ!」
彼女は剣を構え直し、天井を強く蹴り込んだ。反魔法を纏った剣でクローネちゃんの重力魔法を打ち消しながら近づいていく。
――神樹の鎖が、地面からエリスちゃんへ一直線に伸びる。彼女は空中で回転しながら、私の鎖を斬り伏せた。それでも、軌道は逸らせた。
はずだった。足元に現れた空中の氷を、エリスちゃんが踏み砕く。再びクローネちゃんへ向き直った――のに。
「あれっ!?」
なぜか、クローネちゃんから離れる方へ落ちていく。ラビを見ると、指をくるりと回していた。そっか、反転させたんだ。
「ありがとラ――」
ラビの目前で、氷の剣先が触れていた。ラビの影が数センチ凍りつく。ラビは即座にその氷の剣を掴んだ。その手の影に、氷が広がっていく。ラビは即座に握り砕いた。それでも――周囲には、次の武器が浮かんでいた。
「させないよ!」
全ての武器を把握。そして――神樹の鎖で止める!
巻き付いた鎖に、氷の武器が自壊していく。その間に、エリスちゃんが地面へ着地した。イルナちゃんの隣で一息つく。
「やっぱり手強いですね」
イルナちゃんもそれに同意してくれる。
「そうね。さすがは第一席。と言ったところかしら?」
でも、私たちはあまり笑えない。息を整えながらも、二人の手元から目を離せなかった。全部対処するのに精一杯。やっぱりすごいなぁーって。向かいに立つと、こんなに遠いんだね。
「強いね。クローネちゃん」
「全くよ。反魔法で斬られるわ、ラビの対策もされてるわ。不意をつければ行けるみたいだけど。そんな隙があと何回あることやら。ラビは禁忌階梯魔法使ってんのよ?」
「あはは……耳が痛いね」
ちょっとラビの耳が垂れ下がる。
「ラビ、責めてないよ。それくらい相手が強いの。知られてるからしょうがないよ。でも私たちだって知られてないこといっぱいあるから。ラビだって。ね?」
ラビの耳が元の位置に戻る。
「よしっ、次の接触に備えよっ! クローネちゃん」
「了解、王女様」
クローネちゃんは短剣を握り直す。深く、深く息を吐いた。目を閉じて――開ける。
「ノクト・グラビティア――クルワトゥラ」
クローネちゃんが私の隣から消える。短剣がイルナちゃんの腹部へ突き刺さる。
「隙みーっけ。龍の目、維持できないんでしょ。氷を使う時は。さっきも一瞬で切り替えてたもんね」
「……っ。クローネ、そんな速さを出せるのね」
「自分に重力魔法かけりゃね。でも骨折れそう」
イルナちゃんがマスケット銃を影へしまう。代わりに、両手に氷の剣。近すぎて銃を向けられないから、かな。けれど、その刃がクローネちゃんに届く前に、重力魔法がイルナちゃんを会場の端まで吹き飛ばした。
砂煙が晴れていく。薄っすらと見えたイルナちゃんの傷は――治ってない。
「……あなた、その短剣もしかして」
「――そうよ。退魔の短剣。自害に使おうとしたの覚えてる? 私も魔族の血が入ってるから」
「……ふふっ、そういうこと」




