第零席の向かい側
――第二決闘場。足を踏み入れた途端、ざわめきが押し寄せてきた。見上げた客席は、人、人、人。二組のアッシュ。第零席と第一席の決闘に、こんなに集まってくれたんだ。隣のクローネちゃんが苦笑した。
「私とエリスが戦ったときとは大違い。こんなに人で埋め尽くされるなんてね」
「そうだったの?」
「そっか、その時フランはいなかったんだっけ。だーれもいなかったわよ。誰も注目しないカデットの戦い。それが今じゃトップ争いなんだから――胸が高鳴るわ」
「私も……胸が高鳴ってる。かつての九百九十九位と、千位が零位と一位として戦うんだもん。みんな期待してるんだと思う。どんな戦いが見れるのか。そんなに低い順位からでもたどり着けるんだって」
反対側の入口から、イルナちゃんとエリスちゃんが現れた。ゆっくりと土を踏みしめ、決闘場へ進んでくる。さっきまでのざわめきを呑み込むほどの歓声が上がった。
「すごいね。さすが第零席。私たちだって第一席なのに」
「立場逆転してやろうじゃない」
「えへへっ、簡単に言うね」
最前列でベールちゃんが応援してる。いつもなら「イルナ様がんばってー!」なのに、今日は「みんな頑張って!」だって。私たちもなんだ。嬉しくなって、ぎゅっと拳を握った。
その手を下ろし、向かいの二人を見る。怖い。さっきまで手を繋いでいたのに、足がすくむ。二人が武器を構えるのを見ているだけで、自分が誰に挑もうとしているのか、嫌でも分かった。
イルナちゃんがマスケット銃を取り出し、静かに撫でた。二つの魔法術式が展開する。エリスちゃんは剣を抜き、地面へ向けて一振り。舞い上がった砂埃が、刃を包む白銀の炎に照らされた。
私は唾を飲み込んだ。イルナちゃんの銃口が、こちらへ向く。
「――始めましょうか。フラン、クローネ」
私は……一度目を閉じ、静かに息を吐いた。世界の本の上巻を取り出す。表紙に触れた指の感触を確かめて、呼びかけた。
「おいで――ラビ」
影で構成されたラビが、私に背を向けて現れた。低く構えたまま、二人を見据えている。
「 」
今だけ、なんて言ったのか分かった気がした。大丈夫。きっとそう言ったんだよね。クローネちゃんが気を引き締めなさいと言った。
「来るわよ」
イルナちゃんが引き金を引いた。地面を覆う影が、さながら盤上のように広がる。空気が一気に冷え込み、吹きつけた霜に思わず目を閉じた。開いた時には、無数の氷の武器が地面に突き刺さっていた。
触れれば全身が凍りつきそうな刃。見惚れてしまったその一瞬、ラビがその間を抜け――クローネちゃんの元へと駆ける。腰を低くして構えるエリスちゃん。その目前には腰を後ろへと引くクローネちゃんの姿。
ラビが攻撃を阻止するように、横からその腹へ蹴りを放つ。けれど、盤上の氷槍が一本浮き上がり、飛び込むラビへ切っ先を向けた。
「ラビ!」
鏡が氷の槍を弾いた。跳ね上がった槍は、そのまま天井へ突き刺さる。そして、ラビの足がエリスちゃんの腹部に触れた、その瞬間――ラビの身体が会場の端まで蹴り飛ばされた。入れ替わるようにそこに立っていたのは……イルナちゃん?
蹴り終わった足を静かに畳むイルナちゃん。
彼女は口角をあげながら、端に追いやられたラビに言った。
「あなたは殺しても死なないのでしょう? 実体がないもの」
その場からイルナちゃんの姿が消えた。向かってくる彼女へ、ラビが拳を突き出す。けれど、すんででかわされた。拳を掠めるほど近くを抜け、イルナちゃんが銃を突きつける。
「第五階梯魔法術式――グレイシャル・ドミニオン」
一瞬にして凍てつく空間。
――パキッ。
それは鏡の割れる音。
「 ―― 」
禁忌階梯魔法――鏡の国の王。
ラビの背後で、その姿を大きく映した鏡が割れていた。鏡面の亀裂に合わせ、ラビを包む氷にもひびが走る。その前でイルナちゃんが身体を回した。蹴り上げられたラビの身体が、宙へ浮く。
「どうして……全部反転してるはずなのに!」
私の言葉に、イルナちゃんはこう返した。
「ずっと、待ってたのよ。長い時間あなた達が私たちに挑むのを。何も対策していないわけがないでしょう?」
イルナちゃんがラビへ迫る。けれど、その行く手で大きな鏡が彼女を映した。ラビが鏡面を叩き割る。
「くっ……!」
イルナちゃんの身体が吹き飛んだ。
パキンッ、ともう一つの音。クローネちゃんの前でも、エリスちゃんの剣を鏡が受け止めていた。その向こうへ、クローネちゃんが呟く。
「ノクト・グラビティア――グラウィス!」
エリスちゃんの肩が沈む。けれど、白銀の炎を纏う剣が一瞬光ると、エリスちゃんを囲うように剣の軌跡が現れる。彼女の身体は、
何事もなかったかのように起き上がった。何をされたか理解したクローネちゃんが歯ぎしりする。
「このっ……まさかあんた、私のグラウィスを斬ったの? そんなユーリみたいなこと」
「はい、斬らせてもらいました。反魔法を剣にまとわせたので」
エリスちゃんは足元に刺さっていた氷の剣を掴み、そのままクローネちゃんへ斬りかかる。クローネちゃんの手が、自分の太ももへと瞬時に伸びた。火花が散る。
氷の刃を受け止めていたのは、不思議な彫刻の刻まれた短剣だった。
「私だって、貴族。あんたほどじゃなくても、近接戦闘くらいできるんだからっ!」
けれど、エリスちゃんのもう片方の手には、白銀の炎を纏う剣。そちらの刃も轟音を待ってクローネちゃんに迫っていた。
金属が重なる音。神樹の光り輝く鎖が幾重にも絡み、その剣を縛り付けた。エリスちゃんが力を込める。けれど、鎖は張り詰めたまま、刃を先へ通さない。
私は世界の本を開いていた。
「セイクレッド・アーバー・チェインズ――私だって、戦うよエリスちゃん」




