手を繋いで
その後は教室でみんなに歓迎されて、少し街も散歩した。ベールちゃんとは途中でお別れ。授業があるから。お昼にはギルドハウスへお邪魔する。相変わらずガルバスさんは豪快で、お昼から酒の入ったジョッキを傾け、一息に飲み干してた。
怒られてたけど。私が攫われた時にすごくお世話になったから、改めてそのお礼をしようと思った。でもまだ王女ということを知られてないことを思い出して口ごもる。ガルバスさんは、笑顔の嬢ちゃんって私を呼ぶと、そっと目の前にお菓子を出してくれた。
「なんか申し訳無さそうな顔してるが、ここで辛気臭ぇ顔は禁止だぜ。ここは嬢ちゃんみたいに笑うところだ」
目をぱちくりさせてから、私は大きな声で「ありがとっ!」と言った。砂糖菓子を口に入れると、甘さがじんわり広がって、自然と頬が緩む。
ガルバスさんはまた、ギルドの人に怒られてた。笑う前に仕事を終わらせてから酒を飲めって。けれど懲りずに、卒業したら籍だけでもギルドに置かないかと、私たちを勧誘してくる。
イルナちゃんは悪くないわねって答えてる。そっか、二人は当主とか関係ないから少し自由なのかな? 貴族をしながら冒険者って出来るのかな。
数時間後、べろんべろんに酔っ払ったガルバスさんを残して、私たちはまた街へ出た。やっぱり、この街の雰囲気は好き。子どもがはしゃぐ声に、それを呼ぶ家族の声が重なる。ここには生活がある。自分の国を、ちゃんと守りたいな。
夕日が傾く頃、レストランに入った。あぁ……一日が終わっちゃう。明日からまた忙しくなる。寂しいのに、目の前で交わされる話には笑っちゃう。楽しいから、ずっと続いてほしくなる。
でも、終わる。寮へ戻り、シャワーを浴びて、寝間着に着替える。ベッドに横になる頃には、みんな静かになっていた。さっきまで、あんなに話してたのに。
「あと何回、この学院でこうしていられるでしょうね」
イルナちゃんの声が聞こえた。たぶん……こんなふうに一日を一緒に過ごせるのは、最後かも。もう、卒業間近だから。
私は、寂しさを紛らわすようにクローネちゃんの頭を自分の胸に埋めた。でもやっぱり……寂しいな。目を閉じたくないよ。
――朝になった。昨日より少しあたたかい。私が着替えている間にみんなも起き出して、身支度を始めた。今日の予定を言い合うと、苦笑いがこぼれる。忙しいね。でも、全部が嫌なわけじゃない。席次として任された仕事にも、ちゃんと責任を持って取り組んでるし、楽しいことだってある。
今日は二人の出発が早かった。朝食も一緒に食べられない。馬車で、今度は南の方へ行くんだって。ドアノブに手をかけたエリスちゃんが振り向いて「行ってきます」と笑った。私も元気よく手を振る。少し涙が浮かんだけど、ちゃんと笑えた。
「いってらっしゃい! 次に会う時は、容赦しないからねっ!」
「……はいっ! 私たちも手加減しません!」
パタンッ……とドアが閉まった。またクローネちゃんと二人。私はベッドに座っているクローネちゃんのほっぺに自分のほっぺを押し当てた。むぎゅーって。
「フラン? 寂しい?」
「……うん。寂しいよ。終わりたくない」
「今日は許してあげる。私も同じ気持ちだから」
――それから、決闘の日程を知らせる手紙が職員から渡される。手にすると、妙に重く感じた。封を開き、日付を確かめる。卒業の一週間前。最後のチャンス。
まだ当日でもないのに、胸がドキドキする。大丈夫。ちゃんと準備した。ラビにも言ってある。クローネちゃんも私も、強くなったんだから。
――決闘当日の早朝。イルナちゃん達は昨夜帰ってきた。談笑していても、どこか緊張してた。朝になれば、イルナちゃんのキス騒動までいつも通り。私はいつものようにマスケット銃を点検し、差し出した。イルナちゃんも、いつものように受け取ってくれた。今日は、私たちへ向ける銃なのに。
エリスちゃんは剣を拭いてる。クローネちゃんは窓の外を眺め、ときどき長く目を閉じていた。私だけ、手を空けると落ち着かない。
心臓がバクバクしてる。手のひらに汗が滲んで、指が少し震える。簡単な朝食のサンドイッチを持つ手にも、つい力が入った。会話は、とても少なかった。
時間がやってきた。イルナちゃんが静かに立ち上がる。そして、私の手を握った。
「行くわよフラン。緊張しているのも分かるけれど、緊張しすぎて本領発揮できない。なんてやめてね? 私は楽しみにしているんだもの。あなたがどれだけ強くなったのか――私に見せて頂戴」
「イルナちゃん……」
言葉に詰まって、私はイルナちゃんを抱きしめた。
「うんっ、この三年間で、私がどれだけ強くなったか見せてあげるからっ!」
ぽんぽんっと背中を叩いてくれる手が優しい。胸はまだバクバクしてる。でも、早く見せたい。ここまで頑張った私を。もう一度ぎゅっと抱きしめてから身体を離す。手は繋いだまま、私は笑った。
隣で静かにしていたクローネちゃんが、エリスちゃんの手を取る。
「行くわよ。あの日のリベンジするんだから。腑抜けた戦いしないでよね」
「クローネさん……」
「あの時だって、叩き潰すつもりだった。いろんなことが私を追い詰めてて。でも、もう違う。今日は全力で悔いなくあんたを倒すことだけ考えてる。それに、うちのエースフランがどれだけ強いか教えてあげるんだから。負けないわよ」
エリスちゃんがその手を引いて立ち上がる。そして、短くちゅっとキスをした。
「そうですね。あの時とは関係性も全然違いますっ! 私も負けません!」
クローネちゃんが戸惑っているのが少しかわいい。そう思って見ていると、手がぐいっと引っ張られる。
「フラン、私のことも見てくれると嬉しいのだけど?」
イルナちゃんが優しくキスをくれた。私はその顔を見て、もう一度笑う。そして……繋いだ手をそのままに、彼女がドアノブへ手をかけた。




