お待たせしました
みんなが顔を洗い、寮の部屋を出る。扉を閉める前に、私は少しだけ振り返った。クラウンになった時、専用の部屋を用意できるって言われた。エリスちゃん達もそうだったって。でも……いろんな思い出が詰まってて、この部屋からは卒業できなかった。ここが好きだから。
二人部屋を四人で使ってるから、ちょっと狭い。それでも、みんながいるのが当たり前になっちゃった。そんなことを思いながら寮を出ると、頬をそよ風が撫でた。春が近いんだなぁ。
「んー! きもちーね!」
私は両腕をいっぱいに広げて、お日様の光を浴びた。隣では二人も、日向でほのぼのしてる。あと、なんか泣いてる……
「エリス……休みって……いいわね」
「そうですね、イルナさん」
わー……大変そう。私たちも人のことは言えないけど。
そこから十分ほど歩くと、クラウン以上が使えるレストランに着いた。大きくはないけれど、入口の装飾まで手入れが行き届いてる。利用できる人たちが忙しいから、たいてい貸し切りになる。
扉の脇に立つ警備の人が私たちを確かめ、ドアを開けてくれた。広い廊下の両側には個室の扉が並んでいる。出迎えたウェイターに、イルナちゃんが言った。
「今日はアッシュクラウン第一席と相席よ。用意してもらえるかしら?」
案内された個室でテーブルを囲み、それぞれ料理を注文した。先に運ばれてきたコーヒーをひと口すする。向かいのイルナちゃんがカップを持ったまま、私たちへ目を向けた。
「前回会ったのはいつだったかしら。確か、レガリオンが最後だった?」
「うんっ! 私たちが第一席になったときに。でもみんな忙しくて中々レガリオンに集まる日が決まらなかったね」
「そうね。私はあの時、てっきり決闘を挑まれるものだと思って身構えていたのだけど」
思わず目を逸らした。膝の上で指先をつんつんと合わせる。待っててくれたんだよね。分かってるんだけど、返事は小さくなっちゃった。
「うっ……まだあの時は二人を倒すための準備が足りなくて」
「ふふっ、そうね。でも……”もう終わった”んでしょう?」
「えっ?」
カップを持つ手が揺れ、コーヒーの表面に波が立った。慌てて両手で支える。まだ、何も言ってないのに。
「どうして分かったの?」
「二人共やる気満々って顔をしてるもの。戦う前の顔。それに……スカートのポケットから紙の擦れる音が聞こえてきているわ。決闘申請書は材質が少し特殊だからわかりやすいの」
「うっ……さすが龍種……本当なら、もっとかっこよく――決闘を申し込むっ! ってしたかったのにー」
私が唇を尖らせると、イルナちゃんは口元に指先を当てて笑みを見せた。
「ふふっ、ごめんね。気づいちゃった」
「もーっ」
私がほっぺをふくらませると、また笑いがこぼれた。そして……ポケットから決闘申請書を取り出す。紙の端を揃えた指が、少しだけ強張った。深く息を吸って、二人を見る。
「イルナちゃん、エリスちゃん……第零席をかけて、私たちと戦ってください」
部屋が静かになった。言えた。やっと、二人に。差し出した申請書を持ったまま待つ私に、イルナちゃんが目を細め、クスッと笑った。
「ずっと待っていたわ。ついにこの約束の時が来たのね。喜んでお受けするわ。第零席イルナ・ヴァレス・ドラクシス」
そう言ってイルナちゃんは立ち上がり、スカートの裾を少しつまみ上げた。エリスちゃんも立ち、自分の胸に手を当てて続ける。
「エリス・エンバー・ヴォルド両名。第零席のスローネをかけて全力で剣を振るいます」
イルナちゃんは申請書を受け取り、折れないように持って影へと収めた。コンコンッ、とドアが鳴る。返事をすると、料理が次々と運び込まれてきた。相変わらず二人のご飯は多い。鶏の丸焼きから湯気が立ち、こんがり焼けた皮が艶めいている。香ばしい匂いに、ついそっちを見ちゃった。
「まっ、それはそれよ。食べましょ」
イルナちゃんは食べ方が出会った頃より上品になった。それでも食べる速度はすごく早いけど。エリスちゃんも食べる量はすごく増えたけど……二人とも美味しそうに食べるから好き。前みたいに、豪快に食べるイルナちゃんも好きだったんだけどなー。
立場……かな。あっ、でも一緒に冒険できたらまた豪快に食べたりして。
「ねーねーイルナちゃん! 卒業したらさ――」
朝食の時間はあっという間に過ぎた。久しぶりに会って、笑い合った。楽しいんだもん、時間の流れが早いのは……しょうがないよね。ゆっくりお茶を飲んだあと、私たちは学院を散歩した。外にはもう、ちらほらと生徒たちの姿がある。
私たちに気づいて声を上げる人。足を止めて道を空ける人。通り過ぎても、背中に視線が残る。もう一般生徒じゃないんだなって、思い知らされちゃう。第零席と第一席が並んで歩いてれば……そうなるのも当然かな。
むっふーん! って胸を張りたいけど、クローネちゃんに怒られるんだよね。この間も怒られたし。地位に合わせろって。貴族が大半だから。そして――いつか王族の仮面を取るんだから。
ん、遠くから何か聞こえる。さまー、さまーって。あっ、分かった。いつものだ。寮から生徒たちをかき分けて、ベールちゃんが一直線に走ってくる。
「イルナさまー!! お久しぶりですー!! あぁっ、この腕の肌触り、すべっとしたこの感触にクールな瞳。はぁ……はぁ」
イルナちゃんの腕に巻き付いて、息を切らしてる。ほっぺとほっぺを擦り付けてむにむに。いいなぁー。あとでやろっ! クローネちゃんに!
「ううっ。なんか寒気が」
クローネちゃんが身震いをした。ひどくない?




