もう少し一緒に
「んっんー……クローネちゃんが夕飯を買ってきてくれるまで、ちょっとヒマだなぁー」
私は寮の部屋で、魔法術式の計算を最後にもう一度見直していた。手を止め、身体をぐ~っと伸ばす。頭の上で重ねていた両手を解くと、小さく息が漏れた。窓から差す夕日が、机の上を斜めに照らしてる。目を向けた外の景色を、しばらくぼんやり眺めていた。
「イルナちゃんとエリスちゃんに会いたいなー」
――イルナちゃんとエリスちゃんが第零席になってから、あんまり会えてない。ううん。会ってはいる。でも、昔みたいには会えなくなった。
二人はいつも依頼や仕事を受けて忙しそう。それでも他の席次達に挑まれては圧倒してた。前回も、禁忌階梯魔法すら使わずにねじ伏せてたなぁ……
エリスちゃんは太陽の魔力で龍の反魔法を使い、イルナちゃんは月の魔力で氷の世界を作り出す。二人の力と連携に、相手のペアは圧倒されて……
蘇るのは、去年の学院祭。貴賓席の少し後ろから眺めていた、あの戦い。最初から目を奪われてた。胸がドキドキして、息が詰まる。禁忌階梯魔法に飲まれた時には、座っている椅子の感触まで頼りなくなった。目の前の景色が変わっても、その中の二人は戦い続けていた。
そして……禁忌階梯魔法同士のぶつかり合い。世界が混ざり合って、最後には、終幕。お姉ちゃんが止めてくれたあとも、しばらく何も言えなかった。膝の上で握っていた手を開くと、爪の跡が残ってたっけ。
「あの中に、自分がいるって想像ができなかった」
目を机へ戻し、作り上げた魔法術式を指でなぞっていく。何度も書き直した跡。その線も数字も、ひとつずつ自分で選んで組み上げたもの。マーカスさんに習いながら、たくさん作って、たくさん試した。うまくいかなくて立ち止まったところも、指はもう迷わず辿れた。
「ラビやクローネちゃんと一緒に、挑まれたり挑んだり。少しずつ階段を登って……もう少しで卒業って時期になっちゃった」
私は自分の学生証を手に取った。アッシュクラウン――第一席。その文字を見て、指先でそっと縁を撫でる。ここまで来たんだね。もう、二人との間に別の席はない。
「結構待たせちゃった。遅れてごめんねイルナちゃん。全力で戦うからね。私だって頑張ったから。あの第零席の祭典の中にいても、おかしくないってくらい、頑張って強くなったから」
ガチャッと扉が開く。気だるそうなクローネちゃんが、サンドイッチの入った容器を手に部屋へ入ってきた。私の隣の椅子に腰を下ろす。
「夕食買ってきたよ、フラン。で、どう? 集中したいって言うから、買い物は引き受けたわけだけど」
「うん! 問題ないよっ!」
頷いて、作り上げた術式へもう一度目を落とす。そこへ置いた指に、少し力が入った。
「少し……怖いけど」
「あの二人に挑もうってんだから怖くて当然でしょ? でもあたしらだってそんなに弱くない。その資格を持って挑むんだからさ。って言っても……お互い忙しくて会えないのがね」
第一席である私たちも、イルナちゃん達も、どうしても忙しくなって中々タイミングが合わない。仕方ないけど、卒業式には間に合うはず。
「そうだね……もっと、一緒にいたいなぁ」
「……卒業後はそんなに忙しくないでしょ。貴族周りのことだけでしょうし。私たちが第零席になって、至高評議会に入ってもあそこ自体はそんなに忙しくないって、フィアナも言ってたし」
「でも、学生の時間って……もう終わっちゃうから」
クローネちゃんが息を詰まらせた。何か言いかけた唇が、そのまま閉じる。やっぱり、クローネちゃんも淋しいんだ。立場を手に入れた。いろんなものを覆した。その間に、一緒にいられる時間は少なくなっちゃった。
俯いていると、バッ! と容器を差し出される。慌てて受け止めた手に、夕食の温かさが伝わった。
「んっ! さっさと食べるわよ。会える時に会って、いっぱい楽しんで。それでいいでしょ。どうせ私たちがクラウンじゃなかったとしても、あいつらが第零席じゃなかったとしても、学生の時間は終わっちゃうんだから」
私はちょっと鼻をすすって、渡された容器を開いた。お肉とチーズの香りがふわっと広がる。クラウンにもなれば、サンドイッチまで王城のご飯みたいに豪華。具がこぼれないように両手で持って、ひと口かじった。温かいチーズがとろけ、お肉の旨味が口いっぱいに広がっていく。
「おいしー! えへへっ、なんだかカデットだったときのこと思い出しちゃうね」
「あぁ、あの貧乏な食事時代のこと? あんま思い出したくないとも言えるけど……ま、いい思い出だったかな。そういえば、エリスとイルナが第零席になって会いに行った時、食堂のおばちゃんめっちゃ喜んでたね。その場で泣くとは思わなかったけど」
「あははっ、なつかしー! ほんといい人だよね。ずっとあの食堂使ってる時は毎日がんばってねって応援してくれて……それに、私たちが第一席になって挨拶しに行った時も……おんなじだったなぁ」
私たちは食べながら、思い出話に花を咲かせた。ラビのこと。お姉ちゃんのこと。お兄ちゃんのこと。それから、クローネちゃんが私を第零席に座らせるって宣言してくれた時のこと。
すごく……かっこよかった。仕方なしにペアを組んでくれてるんだと思ってた私に、あんなふうに言ってくれた。あの瞬間、本当にペアになれた気がしたんだ。
話しているクローネちゃんの顔を見る。今も、私と一緒にあの二人へ挑もうとしてくれてる。なんだか胸がいっぱいになった。
「クローネちゃん――大好き」




