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反抗期

「この恥さらしがッ!」


 クローネの父は重厚な机に肘をつきながらも立ち上がった。部屋が小刻みに揺れる。彼の魔法の力がより出力を上げていった。本棚はミシミシと音をたてヒビを入れ始める。


「私とお前ではどれだけ差があるかわかるだろう。グラウィスという第一段階でさえ、お前は私の足元にも及ばない」


 クローネは歯をガタガタと鳴らしながら食いしばる。かすれた声で父に言った。


「分かって……います。それでも、言わなきゃならないんです。私が、私の足で生きられるように……!」


 彼女はその場で立っているのがやっと。しかし、彼女の父は速度は遅いながらも歩いてくる。クローネの前で立ち止まると、その首を掴んだ。


「私の言う通りに生きろ。いいか、十二の貴族と呼ばれているが実際この家系は過去からずっと見下されてきた。”人間様のお下がりを受け取ったに過ぎない”という評価を与えられてきた。


 ――この屈辱を覆すには他の貴族よりも圧倒的でなければならない。それを成すのはお前だ。優秀な母を選び、お前という人形を作った。お前に意思などいらん」


 首にかぶさる手がよりクローネの喉に食い込んでいく。


「かはっ……ぁ」


 ラディエが中へ飛び込み、主人の腕を剥がそうとする。しかし、ただの人間にそんな力はない。しがみつくのがやっと。ラディエは悲鳴を上げながらも訴えた。


「……おやめください主人様! クローネお嬢様をどうか」


 ぐしゃり……という嫌な音を鳴らしてラディエは床に叩きつけられた。ついにクローネが魔法を維持できずに父の腕を掴む。必死に拳を叩きつけるが、その音はあまりにも弱い。


「もう二度と反抗できないようにしてやろう。廃人となっても能力は衰えない。いいか、子というのは親のいいなりであればいい。都合のよい存在であればいい。仕方ない……手始めに私自らお前を辱めて心を壊してやろう」


「イ……ルナ。たすけっ」


 ――グキュッ。


 クローネの父の前腕がへし折れ、肉が潰される。彼は瞳孔を小さくさせ、私を見下ろす。私はこれまでにないほどの怒りをクローネの父に向けていた。


「その手を離しなさい。殺すわよ」


 彼はその言葉と同時に数メートル先へと瞬時に離れた。だらりと垂れ下がる腕を気にすることすらない。ただ冷静に私を観察するように見ている。


「……貴様はなんだ。いつからいた」


 私はラディエとクローネの前に立った。直後、強い重力が私を襲う。私は顔色ひとつ変えずに彼を睨みつけていた。


「私がなんなのか。そんなことどうでもいいでしょう。私の要求は一つよ。これ以上クローネに手出ししないで」


「私の教育方針に口出ししないでもらおうか。第四階梯魔法――ノクト・フレイム・コンヴァージェンス」


 無数の闇の炎が私を取り囲むように揺らめく。肌を焼くような熱と共に爆発音を引き起こし、形状を線上へ変えて私めがけて貫かんとした。


 私は影からマスケット銃を取り出し、地面へと向けた。


「――第五階梯魔法術式 ノクト・ザ・アドミニストレータ」


 発射された弾丸が地面へと飲み込まれていく。執務室の床全体へと瞬時に広がっていくその影はさながら漆黒の盤上。線上の闇の炎を食い尽くすように影がまとわりつき、盤上の闇へと奪い去る。


 クローネの父の顔色が変わる。動揺、視線は私を見ているけれど心はここにあらず。思考しているのでしょうね。私をどうすれば止められるか。


 クローネはラディエに覆われるように抱きしめられていた。少し安心した。あなたは一人じゃないのね。


「――いい? クローネ。あなたを大切にしてくれない人のために、あなたを切り売りする必要なんてないのよ。あなたを大切にしてくれる人がいるなら、本気で愛しなさい」


 私は彼女の父に視線を戻した。自分でも声が低くなっていることは自覚している。私は本当に怒っている。本当に許せない。


「あなた……クローネを使って私のペアをいじめていたそうね。教育方針の問題じゃないのよ。エリスはね。私の主人なの。これがどういうことか分かるかしら?


 ――命をかけるのよ。主人のために」


 私はマスケット銃を構えた。彼女の父は怒りのままに背後の壁を強く殴りつける。


「ふざけるなっ! 私の邪魔をするのか。私はクローネをこの家系の価値を覆すほどの存在に仕立て上げる。そのためであればどんな犠牲だっていとわない。手足が折れようが、血反吐を吐こうが、廃人になろうが私のために存在していればいい。それはこの家系のために生きることと同義だ!」


「反吐が出るわね。あなたの何が正しいの? 自分の人形として操作しておいて、何も達成させてあげられてないじゃない。あなたの力不足よ」


「貴族ですらない……ただの魔物風情が」


 彼は一度に魔力を放出する。短期決戦……というわけね。いいわよ。相手になってあげる。私はマスケット銃に魔力を装填する。


「私はね。本気で怒っているのよ。あなたが……自分の娘に”人生を疲れた”と言わせたこと」


 睨みつける私に、彼は睨み返して低い声で威圧するように脅した。


「死んで後悔するがいい。ノクト・グラビティア――カンプス」


 激突寸前の魔力が渦巻く中、大きな窓から白銀の月明かりが差し込み、私を照らし出す。影の闇と月明かりに照らされながら私は小声で呟いた。


 ――今夜は”満月”なのね。

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