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もうお嫁にいけない

「んっ……んんっ」


 私の唾液がクローネの太ももを伝っていく。ピクッと彼女が悶えるたびに水面が揺れる。息を荒くしながら必死に口を閉じようとしているのが丸わかり。


「ね、ねぇ……まだ?」


「時間かかるわよ。大腿骨の骨折なんてそう簡単に治るわけないじゃない」


「だって……んぁっ」


 クローネは袖口を噛んで声を我慢した。私の唾液は彼女の太ももを濡らし続けた。私が支えている手から、筋肉の強張りを感じ始める。水面がより激しく波打った。


「あっ……ねぇもうっ、大丈……」


 私は答えなかった。抜けだそうとする足をしっかりと抑え、唾液を垂らし続けた。クローネはシャツの袖口を更に強く噛んだ。小刻みに揺れていた水面は一瞬だけ激しく波打った。


 顔を太ももから離した。クローネが震えながら息を整えている。


「はぁっ……はぁっ……」


 涙ぐんだ目で、腕の隙間から私を見上げる。腕の向こう側で、彼女は顔をそむけた。私はクスクスと微笑む。


「な、なに笑ってるのよ……! 恥ずかしいんだから」


「えぇ。そうね。あと二箇所。もう片方の太ももと、首筋。やりましょうか」


 目を丸くするクローネ。私はもう片方の足に手を滑り込ませた。必死にクローネは私に訴える。


「まっ……まって! せめてもう少し時間あけて……! だって私さっき――んっ!」


 もう片方の骨折部分に私は唇をつけた。のけぞる彼女の体を落ち着かせるように、もう片方の手でお腹を抑えた。


 十数分、クチュッ……チュ……と、クローネの首にキスをする。クローネは私の首に腕を回し、耳元で囁く。


「……最悪。もうお嫁にいけない」


「その外見なら行く手あまたでしょう?」


「うっさい。バカ。どさぐさに紛れて血を吸わないでよね」


「安心しなさい。吸わないわよ」


 私の唾液が首筋から鎖骨、胸へと落ちていく。彼女の腕が一瞬震え、私を強く抱きしめる。


「あっ……ん……もう二度とあなたの前で怪我なんかしないわ」


「ふーん。随分楽しそうだったけど。浴槽の水にあなたの匂いが染み出すくらい」


「うっさい……言わないで」


 私は彼女の首から唇を離した。歩けないほどに傷ついていた彼女の体は完全に完治していた。するりと私の首に回されていた彼女の腕が解けていく。少し名残惜しそうに、指先が私の首をなぞった。


「ねぇイルナ。私が……お父様に捨てられたら拾ってくれる?」


「愚問よ」


 クローネが一瞬、口を開いた数秒後……微笑んで私に言った。


「……ありがと」



 ――彼女は自分の体を少し動かして、完全に治っていることを確認すると浴槽から抜け出した。自身の制服を絞って水分を落とす。


「全く……ひどい目にあったわ。まさかあんたに辱められるなんてね」


「ただの治療じゃない? 別にいいでしょう?」


 私はふと疑問に思った。


「あなた……炎魔法や木属性の魔法で乾かさないのかしら」


「使えないの。私が使えるのは闇属性のノクト系統だけ。そもそも全属性使えるやつなんてそんないないっての。人間ならまあ、初歩くらいはできるかもしれないけど。第一階梯魔法くらいならね」


 クローネは少し悔しそうに視線を伏せてこう続けた。


「エリスは使ってたし。いろんな魔法。私はほら……魔族の血が入ってるし、家系的に他の属性に適正がないのよ」


 彼女の体を影が包み込む。もにゅもにゅと全身を覆いながら動いている。影の中からクローネの驚いた声が聞こえる。


「わっちょ……! なにこれ! また変なことするんじゃないでしょうね!?」


「しないわよ。せっかくのかわいい姿が台無しだもの。綺麗にしてあげただけ」


 影がぽとんっと地面へと潜り込む。取り残されたクローネは閉じていた目を開くと、現状を理解するようにパチパチと瞬きをした。そして服が完全に乾いていることに気が付き、少しステップを踏むように確認する。


「……すごい。全部乾いてる。髪まで乾いてる。あんたの影ってこんなことまでできるのね。便利で羨ましい。私なんか重力操作が限度だってのに。重くすることしかできないし。副作用で頭ぼーっとするし」


「あら。できないことは人に頼めばいいのよ」


 ぽかん……と口を開いている。そっか。そうよね。頼るなんて言葉……使ったこと無いわよね。私は彼女を強く抱きしめる。


「いい? 頼ることは悪いことじゃないわ。それも強さよ。もう準備はできたかしら」


「……ん。お父様に逆らう。だから……私を守ってねイルナ」


「任せなさい」



 ――クローネの父が使っている執務室の前。クローネがノックする。わずかな震え。でも行動に迷いはない。私は彼女の影に入って気配を消す。


「お父様……お話があります」


 クローネは返事を待たずに扉を開けた。扉の先では、メイドのラディエが手にしたろうそくの炎を主人の本へと近づけ、手元を静かに照らしていた。


 クローネの父は本を読むことをやめることなくクローネに言った。


「クローネ。私はあそこで反省するようにと言ったはずだが」


 ビクンッとクローネの肩が跳ねる。それでも口を開く。


「申し訳ありませんお父様……私は、あそこで一晩過ごすのは嫌です」


「生意気になったものだ。誰に向かって楯突いているのかわからないほど愚かではないはずだが。そこで跪き反省しろ。ノクト・グラビティア――グラウィス」



 クローネの足が悲鳴を上げながら震える。大きく息を吸って、思いっきり吐き出すように魔法を唱えた。


「ノクト・グラビティア――グラウィス!」


 ――二つの『グラウィス』が空間で衝突し、猛烈な圧力が執務室全体をガタガタと揺らす。ろうそくの炎が一瞬にして吹き飛び、父親の本が地面へと叩きつけられた。


 そして、クローネの父自身も――想定外の重圧に耐えるように、重厚な机へと鈍い音と共に肘をつけた。


 範囲外に居たラディエは驚いて腰を抜かした。その眼差しは手をかざすクローネへと向いていた。


 初めて娘から反抗を受けた父親は、空気が凍るような視線をクローネへと向けていた。彼女はその視線に真っ向から睨み返し、怯えを隠すように口角を上げた。


「我慢比べをしましょうお父様。私は今……反抗期です」

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