触発
会場の空気が一瞬にして冷え込む。冷たい風が私たちを包みこんだ瞬間、ヴィーとベンの耳がピクリと動いた。二人は即座にバックステップをふみ、その場から距離を取る。ベンの足が凍る程度の氷塊が彼女たちの元居た場所にパキッ……と音を立てて現れた。
「さすがね」
その氷はもう一つ。ユーリを包みこんでいた。けれど、数千もの剣の軌跡が細い線となって現れる。氷が細かく崩れ落ち、その向こうで彼は涼しい顔でにこっと笑った。
「嬉しいね」
ヴィーが舌打ちする。
「チッ。今のはあたしに言ってくれたんだよ!」
「いやいやいやいや」
私はくすっと笑った。まぁ、当然こんなものじゃ足止めにも牽制にもならないわよね。私は正面に幅が二メートルはある分厚い氷を生成。そこへめり込んでいくベンの拳。私は横目で彼を見ながらため息をついた。
これも一秒と持たない。ほんの薄い板切れでも破壊するかのようにベンの拳が氷を突き抜けた。
「グル……?」
私は彼の真後ろで踊るようにステップを踏んだ。影から抜け出し、銃口をその背へ向ける。マスケット銃の赤色の魔法陣が激しく回転する。
「第六階梯魔法――ドラゴニック・ロア」
火薬が爆発したかのように飛び出す赤色の弾丸。龍の魔力がバチバチと音を立て、ベンの背へと突き進む。
急に足場が崩れる。ヴィーが片足で地面を踏み抜き、もう片方の足を思い切り蹴り上げた。その先で私の龍の弾丸が蹴り飛ばされる。軌道は、雲のかかった空へ。
「嘘でしょ、それ蹴るの?」
風圧が私の髪をなびかせる。弾丸が雲の中へ消えた。次の瞬間、そこを中心に雲が円の如く吹き払われ、青空が大きく口を開ける。耳をつんざくような龍の咆哮。広がっていく雲の縁を見上げたまま、私は目を細めた。遅れてやってきた衝撃波が、ビリビリと肌を揺らす。
一方、エリスは剣に白銀の炎をまとわせ、ユーリに斬りかかっていた。深く姿勢を沈め、抜き放った剣先が地面すれすれから半月を描いて切り上がっていく。
瞬間――白銀の炎が爆発するように噴射し、剣の速度を急激に上げる。
ユーリの純白の剣が太陽を反射する。カチンッ、とお互いの剣が触れた時、二人の間を走る亀裂が地面を深く裂いた。
「エリス君。速いね。未来視がなければきついくらいだ。ここまでの剣技を持った子と戦うのは初めてだよ」
「お褒めいただき光栄……です、がっ!!」
晴れ渡っていた空に現れる巨大な影。明るかった会場が一気に暗くなる。かと思えば、頭上の塊が轟音を響かせ、太陽のように煌めいた。熱が頬を焼く。足元には、その光を受けた私の影がくっきりと浮かび上がっていた。
「第七階梯魔法――ソラリス・フォール」
「これはまた……そっか、君は魔法剣士ってことね」
純白の剣が光ったと思った、次の一瞬――数千もの亀裂が彼の周りに生まれる。それはユーリの見えざる剣の軌跡。エリスはギリギリで反応し、背後へ身を引いた。剣を握る手がわずかに震えている。
「っ……少し触れただけなのに、痺れが……」
ガコッ! 地面を強く踏みつける音が響いた。ユーリは姿を消し、次に現れた時は地面へ頭を向け、隕石に足をつけていた。マントをたなびかせ、右手がピクリと動いた。
再び光る純白の剣。会場を包み込むほどの隕石に幾筋もの線が走り、粉々に切り刻まれる。崩れた塊の隙間から、青空が覗いた。降り始めた破片を見上げ、エリスは剣を握り直す。
「……第七階梯魔法なんですけどね」
彼が地面へ到達する直前、その地面は黒に覆われた。
「――ノクト・ザ・アドミニストレータ」
白い息を吐きながら私はそう呟いた。青色の魔法術式が私のマスケット銃の周りで回転を終える。彼が足をつくと同時、そのつま先が数ミリ凍った。光の線が彼を包み込む。そう、全部斬ったのね。少し複雑だわ。
私は静かに首を横へと傾けた。彼を囚えるための氷の破片が四方八方に飛び散り、一片が頬のすぐ脇をかすめていたから。でも、このアドミニストレータはあなたの為に用意したんじゃない。
ベンとヴィーを覆い隠すように氷の檻が形成される。ヴィーが隙間から抜け出そうとすると、氷がそこを瞬時に塞いだ。それでも突っ込んだ腕を、さらに凍らせる。指先から肘へ、白い霜が走った。ヴィーは眉を寄せ、拳に魔力を集中させる。放出された魔力に氷が砕け、ようやくその腕が引き戻された。
けど、厄介そうに私を睨む。とても嬉しい反応ね。でも終わりじゃないのよ?
影の中から大量の氷の槍が空へと射出。切っ先を下へ向け、檻の中にいる二人へ降り注ぐ。二人が上へと注意を向けた時だ。地面を這う白銀の炎。エリスとヴィーの目があう。
エリスは姿勢を低く保ったまま、剣に纏う白銀の炎を爆発させる一振り。熱風が私の頬を撫でた。檻の隙間を白い光が埋め、頭上からは数千もの氷の切っ先が迫る。その真っ只中で、ヴィーは笑った。
「ははっ! なぁベン。いっちょやるか!!」
深く唸るベンの下で、彼女は仁王立ち。片足を地面に強く叩きつけた。腕を組み、口の端を高く上げる。
「禁忌階梯魔法――アルカディア・アポカリプス」




