祭典前の静けさ
私とユーリは、禁忌階梯魔法を使おうとするヴィーを即刻止めに入る。私は抱きつき、彼女を芝生へ押し倒した。こうして見ると、ちっちゃくて可愛い。ふと、目の前で動いた狼耳へ指を伸ばしてみる。
「……随分ふさふさなのね。尻尾も――」
私はその大きくてふさふさでふわふわの尻尾に手を伸ばして撫で回した。
「んぁっ……ちょ、尻尾は弱いんだ……」
「あら、ごめんなさい。でも……ふふっ、可愛らしい声」
「……止めたいのか止めたくないのかどっち? つかったげよっか? 禁忌階梯魔法。ここでおっぱじめてもいいんだぜ?」
「冗談よ」
「あたしもじょーだん。こんなとこで禁忌階梯魔法なんかぶっぱなすわけないじゃん」
じーっと疑いの目を向ける。
「なによ。しないって」
私はため息をつき、ちらっとユーリを見る。彼は気まずそうにしていた。なるほど。彼の見た未来の一つでは使ってる場面もあったのね。
私はヴィーから身体を離し、立ち上がった。そして大人しく座っているベンに手を差し出す。
「久しぶりベン。元気にしてた?」
「グルルル……」
ベンが大きな頭を下げ、鼻先を私の手に当てた。掌を押す力は、随分と優しい。あら、いい子じゃない。飼い主に似てるは言いすぎたかも知れないわ。
ヴィーが地面から跳ねるように起き上がる。
「っしょっと。そういやあんたさ。半分は魔族の血っぽいけどもう半分なにそれ?」
「分かるの?」
「あたしら亜人は鼻がいいからな。それにあたしとベンは第零席だぜ? 相手を見抜く力だって、それなりにはあるんだよ。去年は全くわからなかったけど」
去年会った時は、まだ龍の姿になったことがなかったわね。一度あの姿になったことで、気配まで変わったのかしら。獣人の鼻は侮れないわ。
「半分は龍よ。見せたことはなかったわね。でも内緒にしておいてくれる?」
「龍?! マジで? それは……さすがに驚いた。でもなんで内緒? かっこいいじゃん」
「いろいろと厄介なのよ。人間はとても臆病なの」
「はーん? よくわかんね」
ユーリが代弁する。
「王国の中に、そんな最強種が普通に暮らしてます。なんて怖いだろう? 大抵の人は弱い。強い力を敬遠するものさ。たとえそれが味方でもほんの少し牙がこちらに向いたら、簡単に消え去ってしまう。リスクが大きい。だから大義名分を得て追放できてしまうってこと」
「強いやつなんていくらでもいると思うけどなぁ。まぁいいや。ねっ、見せてよドラゴンの姿」
「えっ、まぁいいけれど、少し影の中に入れるわよ。見られたら困るから」
マスケット銃を取り出し、影の中に広い空間を作り出す。芝生も木々も視界から消え、三人の姿が影の中に浮かんだ。そして私は龍の姿を解放する。喉を鳴らすと、空気が震えた。龍の目でベンを含めた三人を見下ろす。白銀の鱗が影の中でも輝いていた。
ヴィーが感嘆の声をあげる。
「すっげー……ベンより大きいやつ久しぶりに見た。この質感、本能が震えるこの感じ。これが龍か」
ユーリも見上げた目を、私から離さなかった。
「これはすごい。僕でも息を飲んでしまうほどだよ」
パッと人の姿に戻り、影の空間を閉じる。足元に芝生の感触が戻った。
「お褒めに預かり光栄よ。そういえば、ヴィーも第零席だけれど忙しいの?」
「ん? ちょーー忙しい。あっちこっち引っ張り出されるし、どうせ卒業しても至高評議会からの依頼に引きずり回されるだろうなって思ってるよ」
「やっぱりそういうものなのねー」
そこへ足音が近づいてくる。挨拶回りを終えたエリスとクローネだった。
「イルナさーん! あっ! ユーリさん! それにベンさんとヴィーさんも!」
クローネはエリスの隣で、どこかよそよそしく頭を下げた。
「どうも……」
そんなに固くなるなと、ヴィーがクローネの肩を叩く。おしゃべりもそこそこに、私たちは別れることに。もうすぐ第零席達の祭典。つまりヴィーたちとの戦いが待っているから。とはいっても長引かないでしょうけど。去年のように禁忌階梯魔法を使うこともないでしょうし。
ヴィーがベンの上に乗る。
「んじゃっ、また後で第三決闘場でな。言っとくが手加減はしないから」
ズシンッズシンッと、重い足音が遠ざかっていく。ユーリも私たちとすれ違いざまに言った。
「僕も……今年は少し頑張ろうかな。なんてね。それじゃっ」
一瞬にして、その姿が消え去る。相変わらず速いわねー。
私たちも第三決闘場へと足を運んだ。去年と同じ、会場の熱気。観客席から重なる声を浴びながら、私とエリスは決闘場の中心へ向かう。振り返ると、最前列でクローネが手を振っていた。隣ではベールが、ひときわ大きな声でイルナ様ー! と叫んでる。エリスも応援してあげて……
私は目を閉じる。この観客の熱気。この盛り上がり。その期待が、今年は私たちに向いているのよね。どうしても応えたくなるわ。少し頑張ろう……手加減しない……だったかしら。じゃあ私も……少し本気で遊ぼうかしら。
熱に浮かされてあげる。
貴賓席に王族が姿を現した。国王、そしてその後ろにレギウス。そして……フィアナとメリーもいるのね。珍しい。最後に、以前と同じ仮面をつけたフラン。もう、身体を縛る拘束具はない。目と目があうと、彼女は小さく手を振った。
クスッと私は笑い、エリスと一緒に手を振り返す。
そして……天井のない第三決闘場のはるか上から、ベンとヴィーが飛び降りてくる。地面を壊すが如き着地の衝撃が、足元を揺らした。エンジンが温まってるとでもいいたげな表情。
――コトッ。
小さな足音。ユーリもマントを翻しながら隣に立っていた。会場の熱気は最高潮。
私は目を伏せながら、マスケット銃を取り出して呟いた。
「それじゃあ始めましょうか。楽しい楽しい第零席達の祭典を」




