蝶の舞う公園
――その日。赤い蝶が舞っていた。私は疲れた身体で人混みを抜け、木々に囲まれた芝生の広場へと足を運んだ。祭りのざわめきが背後へ遠ざかっていく。目の前を横切る懐かしい蝶に、私は挨拶をした。
「久しぶりね。相変わらずきれいだこと」
芝生を一歩ずつ踏んでいく。蝶たちがまるで道案内でもするかのように、私の前を舞っていた。広場の奥から聞こえてくる鼻歌。その先で、白い髪の青年が芝生に腰を下ろしていた。
「随分とごきげんじゃない。魔族のみんなとは元気にやっているの? ユーリ」
「ん、やぁ久しぶり。君と会うのは、一年ぶりになるのかな」
「そうね。今年も人混みに疲れて逃げてきたわ。あなた、また第零席?」
「あははっ。まぁ僕は一番強いから。さっきの返答をしようか。仲良くやってるよ」
「あなたの言う『仲良くやってる』は一方的な気がするけど……去年だって、誰も応援していなかったでしょう?」
「それが魔族大陸の決まりなのさ」
「本当? 信じられないわ」
「君こそ。第零席になったんだね。分かってはいたけど」
私は彼の横に座る。
「えぇ。あなたに禁忌階梯魔法を見せてもらったおかげで使えるようになったもの。あの時は殺されるかと思ってヒヤヒヤしたわよ」
「君細切れになっても死なないでしょ?」
「どうかしら? 私の反魔法はあなたの剣には効かないし、再生だって破滅の獣ほどではないわ。というか、もっと教えてほしいことあったけれどね」
「ふーん。なにか知りたいことあった?」
「この忙しさよっ!」
私は鬱憤を晴らすかのように文句を言った。
「ほぼ強制的な仕事の毎日! ていうか魔物多すぎよ! どこもかしこも戦争したりするし、ほんっっっっとに大変なんだから!」
「えー? でもどっちにしろ君は第零席になったろう? それに、嫌なら降りればいい」
「……愚痴くらい普通に聞きなさいよ。降りれるわけないでしょう。あの子の居場所だもの。それに……待ってるって約束したから」
「だれと?」
「お友達と。第零席の私を倒しに来るって。私は待っているって言ったから」
「もうすぐ来そうなのかい?」
「もう少しかかりそうね。少しずつ順位を上げているけど」
広場を囲む木々が、静かにさざめいている。人混みに酔って火照った身体を、風が冷ましてくれる。私は深く息を吸って長く吐いた。第零席になってから、エリスに対する評価は一変してる。王族の夜会でも、舞踏会でも、社交界のどこに行っても。誰もが彼女に媚びへつらう。
あんなに落ちこぼれとあしらっていたのに。炎の貴族だから仕方なく相手をする。そんな態度だったくせに、今は違う。心地よいけれど、とても気持ちが悪い。彼女の家もそう。メイドが話しかけるようになり、親は歓迎する。その歓迎する顔の奥にある焦りを、私は指摘してやりたかった。でも、エリスが求めていないことまでしたくはない。
「考え事?」
「……少しね。第零席になって、大分周りの扱いが変わったから。気持ち悪いなって思ったのよ。今もエリスは引っ張りだこ。去年より挨拶に時間がかかるでしょうね」
「そうだね。僕も似たようなものだよ。人間。しかもあの忌まわしき貴族。ひどい扱いを受けていたけど、実力でねじ伏せて頂点に立てばいろいろと変わる。嫌われてはいるけど少し違う」
赤い蝶が彼の指先をかすめる。彼はその動きに合わせ、優しく撫でるように手を動かした。
「なんだか懐かしいわ。去年の黒本や王族の誘拐事件のことが」
「去年の事件。大変だったね。本来なら、今年は別の大陸で開催するはずだったけど。君たちと僕たちの要望に、王位継承権第一位の尽力もあって、今年もこの学院になった。やっぱり学院祭の問題を引きずるのはよくないからね」
まぁ、私はただ遠出したくなかっただけだけれど。大陸を移動するの面倒だもの。龍になって移動してもいいけれど疲れるし。
――蝶たちが一斉に舞い上がり、散っていく。私はため息をついた。
「……ねぇユーリ。あの子達はどうして普通に歩いてこれないの?」
「さぁ? 僕は未来は見れても心までは見れないからね」
私とユーリは立ち上がり、そっとその場を離れた。その瞬間。突風に木々の葉が吹き飛び、地面に亀裂が走る。学院の地を揺らす振動とともに砂埃が巻き上がり、視界が霞んだ。一年ぶりに聞いた彼女の声。
「よぉーユーリ! 今年はてめぇをぶっ倒す」
「あーうん。元気だね。ヴィー」
砂埃の向こうに、大きく口角を上げるいつも通りの顔が見えた。赤い髪の間で、狼の耳がピクピクと動いている。見えない周囲を、音で探っているのだろうか。
私は小さな獣人娘のヴィーを見ながらため息をついた。
「見えなくするくらいなら最初から普通に来ればいいでしょうに。どうせユーリには避けられるでしょう?」
「おっ、あんたはイルナだっけか。去年のベンのこと、改めて感謝してるぜ! あんたがいなきゃベンは死んでたかもしれないからな。それと、避けられるかどうかは分からないだろ? もしかしたら、不意を突けるかも?」
不意をついたらユーリが煎餅になるわよ。それでも良いのかしら。
「ご無事で何よりよ。今年もあなたなのね。ベンは? また空から登場?」
ズシンッ……ズシッ。木々の間から、ベンが普通に歩いてきた。私とユーリは今日一番の動揺を隠せず、半身を引いた。
「ベ……ベンが歩いて登場?」
「これは由々しき事態よユーリ」
ヴィーは冷静に突っ込む。
「あんたらうちの相棒をなんだと思ってんだ」
二人で言った。
「「飼い主に似たペット」」
ヴィーの目が据わった。手を前に掲げる。
「禁忌階梯魔法――」
「ちょちょちょ、ストップ!」
「待ちなさい!!」




