余韻の景色
――ゆっくりと目を覚ました。差し込む日差しがまぶしくて、目を細める。そっか、決闘は夜だったから、私は朝まで眠ってしまったのね。少しって思ってたのに、寝すぎてしまったわ。
「うっ……」
身体を動かすと、節々が痛んだ。使えるだけ魔力を使ったんだもの……当然よね。とてもだるくて、動きたくない。それでも時間をかけて身体を起こす。いつもの……部屋。もうみんな起きちゃったのかしら。
誰も居ないそこを、ゆっくり眺めた。もう見慣れた帰る場所。二人がいつも勉強している机には、今は誰も座っていない。クローネがくるまっているベッド。日差しの伸びる焦げ茶色のフローリング。そして、一つしかないクローゼット。
「ふふっ、いつもみんなでここを開けるのよね。クローネがいっぱい服を入れるから迷惑しちゃうわ」
おんなじ景色がどこか……哀愁が漂っていてしんみりしてしまう。
ガチャッと扉が開き、エリスが入ってくる。私と目が合うと、彼女の顔がぱっと明るくなった。
「あっ、イルナさん! 目を覚まされたんですね。心配しましたよ。今、第零席の手続きなどを済ませてきました。まだお疲れですか? もう少し休んでも」
「嬉しくて、もう眠れないわ」
「そうですね。私もまだ……嬉しさがいっぱいです」
エリスが隣に座り、ベッドがわずかに沈む。そっと私の手に、彼女の手が重なった。その指へ自分の指を絡め、握り返す。
「んっ……」
契約のためじゃないキス。もう何度目かなんて全く分からない。私の背に彼女のもう片方の手が回ってくる。私はそのまま胸を押し付けるように近づいた。好きという気持ちがどんどん溢れてくる。彼女のキスがそれを誘い出してくる。
「エリス……もっとほしいわ――んっ」
私はさらに強く抱きよせられる。疲れた身体はもう彼女のいいなりになるしかなかった。もっと……もっとエリスを。
バンッ! フランが元気いっぱいに入ってくる。
「おはよー!! イルナちゃん起きてるー? わっ! ちゅーしてる!!」
「ひゃっ!! フ、フランさんっ?!」
クローネがだるそうな声でフランの後ろから顔を見せた。
「はぁー、うっさいわねー。なぁーに騒いで……って、あんたら朝から何してんのよ。ほんっと節操無くなったわよねエリス」
「そっ、そんなことありませんよ! 多分……」
私がクスクスと笑っていると、フランが歩み寄ってきた。
「おはよっ! イルナちゃん身体はもう大丈夫?」
「おはようフラン。少し痛むわ。今日はあまり無理をしたくないわ」
フランはいつもより優しく私を抱きしめた後、マスケット銃を私に手渡した。
「はいこれっ! イルナちゃんのマスケット銃。仕舞う前に寝ちゃったでしょ? だから点検しておいたのっ!」
「……ありがとフラン」
私は傷ついてしまったマスケット銃を撫でる。傷がついた時、血の気が引いて、すごいショックを受けてしまったものね。ごめんなさいみんな。あなた達が頑張って作ってくれたのに、私……傷……が――ついてない?
「どうして? 確かレギウスの二段階式の魔法術式の一段階目で焦げるくらいに傷がついたはずじゃ……」
「えへっ。えっとね。その、魔法術式でコーティングしてたんだ。大事なものなのは分かってたし、龍と吸血鬼の魔力を流し込んだ時に壊れちゃったら困るでしょ? だから調整したの」
「フラン……あなたっ」
私の涙がマスケット銃に落ちていく。私は大事にそのマスケット銃を抱きしめた。
「ありがとう……フラン」
本当に、大事なものだから。抱きかかえるように優しくそのまま影の中に仕舞い込んだ。そして、フランに抱きつく。彼女は私を優しく抱き返してくれた。
「良かったー。イルナちゃんが喜んでくれて。改めておめでとっ」
「えぇ。本当に、ありがとう」
その後、少し休んで私たちは教室へと向かった。私の腕にはベールがぴっとりと腕を組んで密着している。さすがに第零席としてどうなのかしら。とは思うけれどそのまま私はそれを許した。
一方、すれ違う生徒は当然距離を取っていく。やれ、アレが第零席だの、怖いだの、おっかないだの。かっこいいだのと騒がしいわ。まぁ今は悪い気分ではないわね。少し聞こえてくる会話。
「なぁ、あれが第零席だろ? しかもアッシュ。でも強者感がすごいっていうか。なんか腕にくっついてるけど」
「あぁ。なんでくっついてるのかわからねーけど、やっぱ近寄りがたいぜ。対戦相手のレギウス様、まだやけどが残ったままらしいぜ。そりゃそうだよな。俺、あの決闘見てたけどすごいんだぜ? 初めて見たぜ禁忌階梯魔法!」
そう。彼はまだ怪我が治癒していないのね。まっ黒焦げになるまで燃やしたもの。簡単には治療できないでしょうね。
ふと……一瞬だけあの教師と目が合う。彼はあの元第十席のオスカー達と戦った時、私たちを見下していた教師(名前忘れた)とすれ違う。
おどおどとして、視線を合わせないようにしている。私はわざと話しかけた。
「お久しぶりねぇ。随分な言いようをしていたようだけど……あなたはまだ同じことを言うのかしら? この学院の頂点を――見下せる?」
「いっ……いえ。滅相も……ありません」
「そう、ならいいわ。アッシュを第零席にしてしまうほどだもの。よっぽど目が腐っているのでしょうね」
エリスが私の服を少し引っ張って小声で言った。
「イ、イルナさん……怒ってます?」
私は小声で返す。
「当然でしょう? 私のエリスを泣かせたのよ。本当なら両腕を凍りつかせてもいでやりたいくらいだわ」




