疑似禁忌階梯魔法術式
天へ向けたガレスの手が、一瞬止まる。
「レギウス様……本当に」
「ガレス」
「はっ……仰せのままに、ご武運を。疑似禁忌階梯魔法術式――カラミティ・レガリア・エルワース」
黒い長槍が脈打ちながら、天井で黒く光る魔法陣へと吸収されていく。観客席に怯えたざわめきが広がった。不穏な冷気が、私の肌にもまとわりつく。天井の魔法陣が大きく光った次の瞬間。
実体を持たない魔力だけで生成されたモヤが天井を覆う。その奥から高笑いが響いた。天井いっぱいに広がる一体のガイコツが、私たちを見下ろしている。続いて二つの巨大な骨の手が、モヤの奥から現れた。
骨の指先から糸のようなものが伸び、レギウスの身体へと繋がった。私とエリスは目を見開き、同時に後方へと距離を取る。地面から現れた布の球体。それは回転しながら細く伸びるように剣の形へと瞬時に変わる。その切っ先が、突き刺していたのは私たちがいた場所だった。
床を転がっていた王族の剣に黒い糸が巻き付き、まるで黒い長槍のように布がそれを覆った。王族の剣の装飾など一つも見えなくなっている。レギウスが片手を横に伸ばし、手のひらを広げる。王族の剣は球体となり、再び彼の手へと収まり剣をかたどった。それは……先ほど私たちを襲った球体から変化する剣と全く同じ見た目。
「この魔法を使うときが来るとは思っていなかった。万が一、使う瞬間が来たとしてもそれはお前たちのような落ちこぼれではないと考えていた。禁忌階梯魔法の偽物如きではあるが十分だ」
私とエリスは、空中から突然現れる球体を避け、剣へ変わるたびに弾いていた。数はおよそ四つ。球体から剣の形を作り、また球体に戻って消える。対処は出来るけれど、視界の外からも現れるのが、とても面倒だわ。
その間に、レギウスがガレスを包む氷へ剣を突き立てた。たった一刺しで、氷が砕け散る。解放されたガレスは、立ち上がれずにその場へ座り込んだ。発動のために身体を蝕まれているのか、苦しそうだった。
「私はずっと見ていた。先に生まれ、常に頂点に立ち続けるあの女を。陛下は男であり、能力を引き継いだ私に期待をした。政治を叩き込み、戦略を叩き込み、国を背負わせる準備をしていた。周囲も、陛下も、そして私自身も私にそうであれと使命を下したのだ」
王族の剣を握る手に力が入る。
「だがアレは化物だった。あの女に追いつくにはどうしたらいい。あの女の後ろを離れず、王族たる者となるにはどうしたらいい。それが偽物であり、愚者と呼ばれようと、私は……! この場所に立ち続ければならないのだ!!」
エリスが少し汗をかいていた。
「イルナさん……私の、龍の目が嫌なものを捉えているんですが……」
「えぇ、私にも見えているわ。天井から糸で黒い魔力がどんどん流れ込んでる。月の氷を簡単に破壊するほど強化されているわね。全く、楽しそうなことだわ。彼の信念とかどうでもいいのだけど」
赤い月の下、不協和音を重ねる不気味なオーケストラが響き始めた。そこへ、嘲笑うような声が混じる。顔を上げると、まるで呪いの人形のような妖精が私たちを見下ろしていた。
フィアナの禁忌階梯魔法とは違う。彼女には、世界がひれ伏していた。でもこれは……発動者自身をも見下している。妖精の一体が拍手した。鋭く伸びた黒い水が、私の喉へと触れる。
速い。
――そう思った次の瞬間、エリスの髪が私の前で揺れていた。黒い水は湯気となり、その湯気さえも白く凍りついていく。
他の妖精が笑う。黒い炎の波が頭上に覆いかぶさり、影を落とした。レギウスもろとも呑み込むつもりだ。私は引き金を引く。
「招待していない観客というのは、礼儀がなっていないわ」
凍りついた波に亀裂が走り、会場へと砕け落ちていく。レギウスは頭上から降る塊を斬り伏せた。剣を振るうたび、その呼吸が荒くなる。
「我が王族の剣は、必ずお前の首を切り落とす。たとえ殺したとしても記憶は封印できる。お前が龍であると証明できれば、たとえ記憶が戻ろうとも私の立場は揺るがない」
「殺すことに躊躇がないのはそういう根拠なのね。でもあなた……この魔法でとーっても苦しそうね」
「……当然だ。この学院に席をおいてからため続けてきた私の魔力すべてを流し込んでいる。一回きりの大博打。魔力回路、及び筋肉への酷使。どのような後遺症が残るか分からない魔法だ。それでも所詮は疑似。あの女には追いつくことすらできないということだ」
彼は剣を私たちへと向ける。
「終わりだ、落ちこぼれのエリス・エンバー・ヴォルド。そして龍と吸血鬼のイルナ・ヴァレス・ドラクシス。愚者の王は宣言する。かの者たちの首を切り落とせ――死刑だ」
妖精たちが一斉に拍手喝采した。しかし、それは称えるものではない。レギウスでさえも嘲笑い、馬鹿にする。滑稽な舞台を楽しむだけのただの声だった。
黒、黒々。炎が海のように流れ込み、その中から黒い木々が伸びて森を作る。足元には黒い湖が広がり、水面へ黒い雷が落ちた。天井の黒いガイコツが、拍手する。
「オワリダ」
掠れた魂に触れるような声が落ちると同時。、黒い魔法陣が第一決闘場の天にまで届く。その黒い光が、私たちを包み込む。
――エリスが剣を突き返すように構えた。
「本当の終幕をお見せします。あなたのたどり着けなかった禁忌階梯魔法の完成を」
天井のガイコツが拍手する下で、エリスが私に手を差し出した。
「終わらせましょっ! イルナさん!」
「そうね。エリス」
クローネ。あなたからもらった魔力……全部使っちゃうね。私とエリスは、それぞれの終幕を同時に告げた。
「「終幕――」」
「ニブルヘイム」
「ムスペルヘイム」




