皆既月食
フィアナよりも弱い。そう言われたレギウスの口元が一瞬だけ開いた。私は続けて疑問に思っていたことを彼にぶつける。
「どこまで行っても戦略家。使われる魔法はほとんど第三階梯か第五階梯程度。無詠唱、属性の制限はないようだけど、フィアナのような圧倒的火力による制圧じゃない。相手の芽を潰すことばかり。そうでしょう?」
二重魔法術式で私の銃を傷つけながら、その隙に水を張る。雷撃はエリスが切り落とすことまで見越して、確実に当てにきた。ガレスには地面を破壊させ、私の影を断つ。黒い長槍の奇襲にはブラフを使い、おしゃべりでその時間を稼ぐ。そうして私たちを翻弄したのも、封印魔法のための前座でしょうね。そして、あの第七階梯魔法。あれは魔法術式だった。つまり、彼は触媒無しで第七階梯魔法を使えない。
「それに、自分たちの情報を封印魔法などで対策しているようだけど……わざと残したものもある。フィアナのことよ。もしあなたがフィアナと同じレベルなら、隠すでしょう?」
「……気づかれたところでどうということはない。出来ることはすべてやる。それが使命だ。私を王位継承権第一位、フィアナと同等だと勘違いすれば、それだけで戦いはこちらに有利に進む」
彼は自分の王族の剣を撫でながら呟いた。
「私は彼女よりも弱い。それは事実だ。第七階梯魔法を好き勝手連発するような化物と同じにしてもらっては困る。しかしだ。私はそれを求められている。同等の価値を」
レギウスはガレスの盾に隠された短剣を受け取る。干からびた何かで出来たようなそれは蠢いていて、とても気持ちが悪い。
「私には無詠唱と全属性魔法という才能がある。それは課せられた使命だ。それのないフランに王族を名乗る資格はない。お前はこの陛下の決定に不満を持っているのだろう。だからなんだ。それは絶対王政」
彼はその不気味な短剣を地面に投擲した。突き刺さった短剣から数多の悲鳴が私たちの耳をつんざく。
「崩されることの許されない世界のルールだ。喜べ吸血鬼。これが私の残った魔力すべてを使った最後の第七階梯魔法だ」
私の影から骸骨が顔を出し、笑う。聞き覚えのある憎悪の声。レギウスは王族のマントを翻しながら、死刑を宣言するかのように言った。
「第七階梯魔法――カラミティ・オシフィケーション」
黒い魔法陣が私とエリスの頭上に幾重にも重なる。骨を鳴らす笑い声が響いていた。私はこの魔法を知っている。初めて使った第七階梯魔法。
アンナと勉強している時に知った死の魔法。肉体だけでなく、魂さえも奪い去る。アンナの父を本気で憎んだ時に使ったこの魔法が、今は私たちを見ている。黒いモヤが辺りに満ち、頭上の魔法陣さえ霞んでいく。周りの景色なんて、何一つ見えなくなる。
私の心が一気に冷える。
そう。彼は――私たちを殺すつもりなのね。
「エリス」
「はい。音で分かります。この魔法はアンナさんの話を聞いた時の……」
「彼がどうしようとしているか。分かるわね。言ったわよねエリス。勝つのなら徹底的に」
「ですがイルナさん、目が見えない中でどうすれ――」
言い終わる前に、キス。エリスが膝を折り、ぺたんとその場に座り込む。私は唇を重ねたまま、契約に契約を重ねていく。どうせ誰からも見えないんだもの。好き勝手させてもらうわ。
「んっ、んんっ……! イルナさんっ、こんな時になにをっ」
「いいから、舌をもっと出して」
「んっんー……」
私はエリスの唇から離れた。代わりに、心臓の音が聞こえるほど強く身体を寄せる。エリスの腕が私の背中へ回り、強く抱きしめ返してくれた。
「どう……したんですか?」
「もっと私を感じてエリス」
「かっ……感じてと言われまして……も? あれ」
繋がっていく。私の魔力回路とエリスの魔力回路が、まるで初めから一つだったかのように、自然に。私の魔力がエリスへ流れ、エリスの魔力が私へ流れ込む。その流れを感じるたび、身体の内側に温かさが広がっていく。あったかい。まるでお日様の下にいるようだわ。
「私とエリスの両方で魔法を使うわ。あなたは主役。この舞台上で舞うのはエリスよ。太陽と月の下で、思う存分楽しみましょう」
「私が、主役ですか?」
エリスは私を深く抱きしめながら優しく言った。
「分かりました。太陽と月でさえも惹きつけてみせます」
――クローネの天体の本。世界を見守る空には、時折異変が起こる。太陽と月の位置によって生まれるもの。夜の向こうに隠れた太陽が、それでもそこにあると示す現象。私はエリスに銃を大事に握るように言った。
「ちゃんと持って。行くわよ。エリス」
「はい、イルナさん」
「「禁忌階梯魔法――ルナ・エクリプス・テアトルム」」
第一決闘場全体が、世界から完全に切り取られる。決闘場を照らしていた光が消えていく。照明の光は、一つも許さない。暗い暗い夜の世界に、赤い月だけが浮かんでいた。私の作り上げた影の舞台で、彼女は踊る。
エリスが剣を一度薙ぎ払った。灼熱の風が、私たちを覆っていた黒い霧を吹き散らす。開けた視界の先で、レギウスが顔を覆っている。遠くにいる彼にまで、その熱は届いていた。
エリスの右手には、白銀の炎を纏う剣。そしてもう一方の手には、二つの魔法術式が展開を続けるマスケット銃。その引き金を、エリスが引いた。氷の塊が生まれることもなく、骸骨たちの動きが止まる。骨の表面を白い霜が覆っていった。
あのおぞましい短剣もまた、完全に凍りつく。パキッ――という予兆が聞こえた瞬間、白銀の炎がそれらを呑み込んで焼き尽くしていく。骸骨も短剣も消えた大地に、月の影と白銀の炎が広がっていた。
私は小さく呟いた。
「この世界の管理者は私。封印の権限は与えない――アドミニストレータ」
エリスの両目を封印していた呪印が砕け散った。
「行きます。覚悟してください」
金色に光る龍の目が、レギウスとガレスを完全に捉えていた。




