命令
カァン……という音が響き渡る。私はエリスだけを見ていた。その背後に立つガレスから、不気味な文字列が帯を成して広がり、垂れ落ちていく。
文字の帯がエリスへと流れ込む。集まった文字は目元を覆い、そこへ巻き付いた。ガレスが一歩ずつ私へ近づいてくる。数歩進んだところで盾を地面へ叩きつけると、今度は私の身体を文字列が包み込んでいった。
それは私の両腕へと巻き付いた。蝕むような痛みのあと、肩から先を動かそうとしても感覚すら無くなっている。じゃあ……エリスは目が……見えないの?
盾をゆっくりと持ち上げながら、ガレスは私を見下ろした。
「封印の儀式魔法――シギルム・インターディクト。あなたの両腕と、エリスさんの視界を封じました。盾とは私を守るためのもの。それだけ封印という手段は強力であり時間がかかる。そのため身を隠しておりました。つまり詰みです。負けを認めたほうが身のためかと」
「盾で、見えないわ。どきなさい」
「どうぞご覧ください。自身の守るべき主人が槍で貫かれている様を」
ガレスは盾を持ち上げたまま一歩横へと移動した。盾が私の視界からどかされて映ったのは、腸が煮えくり返るような光景。
地面から突き出た槍は今もなお、エリスの腹部を貫通している。その槍をレギウスが握ってエリスごと持ち上げる。ズルッ……ズルズルッ。
「あがっ……あっ、アアアアッ!!」
エリスが苦痛の声を上げながら赤く染まった黒い長槍の根本へと深く滑り落ちていく。
――私の中で、何かが切れた気がした。地面に広がった影が大地を割り、内なる龍が殺せと叫ぶ。
ギロリと龍の目が開いた。会場全体を押しつぶすような圧力に、空気が震える。私の腕は封印された。引き金なんて引けない。なら、もう……マスケット銃を通さず、一か八かで禁忌階梯魔法をぶつけてやる。効率の悪さを補うほどに吐き出してしまえばいい。
「灰すら残さず後悔すら――」
「イルナさんッ!! ダメです!!」
時が止まったようだった。言葉が喉で途切れ、流れ出ようとしていた魔力が、私の意思に反して止まる。揺れていた会場が静まり返り、私は息を呑んだ。エリスが私へ顔を向けている。見えてはいないだろうけど……見てる。
命令を、したの? 私に?
エリスが歯を食いしばる。噴き出した白銀の炎が黒い長槍へ触れ、その瞬間、握っていた剣が槍を切り落とした。レギウスを力強く蹴り、私の近くへと滑り込んでくる。
私とエリスの間を塞ぐように、ガレスが盾を構えた。けれど私の影がエリスと私を飲み込む。視界が黒く染まり、次に地面へ吐き出された時には、私とエリスは、ガレスから少し遠くに離れた位置へと移動していた。
「エリスッ! 大丈夫? 痛い? 私」
「かはっ……はっはっ……」
エリスは刺さっていた槍の残骸を引き抜き、地面へ捨てた。腹部に開いた穴から、おびただしい量の血が流れ落ちる。
「イルナ……さん。氷で塞いでください」
「わ、分かったわ」
傷口を覆うように、私の氷を張っていく。エリスがきつく眉を寄せ、噛みしめた唇の間から息を漏らした。その顔を見ている私まで、息を詰めていた。
「エリス……どうして止めたの?」
「私は、足手まといになりたくないんです。私のために、悪手を取ってほしくなかったので……おそらく全部相手の手のひら。想定済みでしょうから。戦ってみて分かりました。あの人は……そういう人です。」
「でもっ……」
「イルナさんなら勝てるかもしれません。でも、退学になるかもしれません」
「……」
確かに私は……龍になろうとした。たとえ殺してでも。そんなふうに思って怒りに我を忘れた。許せなくて、それで……
「やるなら徹底的にですっ! 文句のつけようがないほどぶちのめしましょう!」
「エリス……」
私はゴンッ! と地面に頭突きをした。額に鈍い痛みが走る。詰めていた息を吐き、そうよ、冷静になりなさいと自分に命令する。怒りで最適解を逃すなんて私らしくないわ。アンナのように、優雅に。私はアンナに生き方を教えてもらったのだから。
レギウスは私の弱点をついた。エリスを愛しているという弱点を、私が大切なものを失うことに対して強い恐怖を覚えているということを。
足の傷を氷で塞いで、私は立ち上がった。ふとエリスが私を見る。
「イルナさん。目が見えなくても、見えてますよ。契約で繋がってる。イルナさんがそこにいるって分かるんです。きっとさっきまで心配そうな顔で、いえ泣き顔だったんじゃないですか? 私は大丈夫です。イルナさんを残して死ぬわけ無いじゃないですかっ!」
エリスはポンッと胸を叩いてその胸を張った。
「私はご主人様ですよっ? イルナさんの面倒を見ずに死ねませんっ!!」
にこっと笑うエリスに、胸の奥が痛くなる。けれど……レギウス達は休憩を与えてくれないらしい。ガレスが盾で地面を叩いた。亀裂が走り、私たちの足元まで揺れ始める。影をどかしたいのでしょう? させないわよ。
「なっ……!」
ガレスの盾に、私の氷が絡み付いていた。地面に接した縁を固め、盾をその場に縫い止める。すかさずエリスが、追撃を予測して私を呼んだ
「イルナさん! 指示っ!」
「前方魔法陣三、上空五時の方向から魔法陣二よ」
エリスの剣が前方を薙いだ。迫っていた火炎と雷撃が切り刻まれ、私たちの脇を通り過ぎていく。返した剣先が上空の背後へ向く。そこから狙ってきた二体の精霊が、白銀の炎に呑まれて焼け落ちた。
ガレスの周囲を赤い炎が包む。私の氷が剥がれ、彼の盾は自由を得る。レギウスはため息をつきながら私たちに言った。
「しぶといな」
レギウスが片足を踏み込んだ時、パキッと足元の氷が割れる。彼は持っていた黒槍を力強く握りしめ、手元から軋むような音が漏れる。
彼は槍を上空に残る太陽だった岩の塊へ投げつけ、砂埃が激しく舞う。槍はそのまま天井に突き刺さり、会場に強い風圧が襲いかかった。槍に貫かれた岩の塊が四方に砕け散る。
破片は落ちず、その場に浮かんだ。幾千もの瓦礫が風魔法へ吸い込まれ、渦を巻く。そしてレギウスの視線が私たちを捉えた瞬間、肉をえぐるような岩の雨となって降り注いだ。
私はエリスに指示を出した。
「鉱山都市の討伐対象と同じ岩の雨。集中砲火よ」
エリスが地面へ剣を突き刺した。白銀の炎が噴き上がり、降り注ぐ岩を、私たちへ届く前に焼き尽くしていく。レギウスの面倒くさそうな顔が心地良い。けれど、エリスも限界かしら……
「はぁっ、はぁっ」
ただでさえ、龍の魔力を使えば消耗が激しい。第七階梯魔法を使い、いくつもの魔法を放ち、反魔法まで繰り返した。人の器で、十分すぎるほど戦っている。
私は気づいたことがある。
「あなた……フィアナより弱いのでしょう?」




