太陽へ落ちる
レギウスは槍を私へと向けたまま、さらにこう呟いた。
「イルナ・ヴァレス・ドラクシス。龍になれ」
龍の……ことまで?
「フランが救助されたあと、魔力の残滓を調べた。二つの龍の痕。片方は黒本。ではもう一方はなんだ? フランではない。ドワーフも違う。十二の貴族である二人も違う。では他に誰がいた? 簡単な話だろう」
詳しく調べられてる。私が吸血鬼だと気づいたのもこれまでの戦いか、あるいは会話から漏れたのか……首の傷跡を見られたのか。
「なるわけないでしょう? 龍にならずともあなた如き倒せるわ」
「残念だ。龍になればお前を退学に追い込むことができたのだがな。たとえお前が第零席になったとしてもだ。魔族を追い出すことはできないが、龍であれば別だ。王国は龍を住まわせることを許さない」
「ふんっ、お生憎様。すぐにフランがあなた達を叩き潰すわよ。けれどまだ私たちに勝てると思っているの? 笑わせるわね」
「なにやらフランは魔法術式を極めているようだが……無駄だな。あんなのはただの技術でしかない。受け継がれた才能には遠く及ばない”凡人”の足掻きだ」
マスケット銃を握る指に力がこもる。焦げついた銃身。その中には、フランが一つひとつ確かめ、調整してくれた魔法術式がある。
「あなたにフランの価値を見定める技量なんてないわよ――第五階梯魔法術式、ノクト・ザ・アドミニストレータ」
地面に銃口を向ける。青色の魔法術式が銃身を囲み、歯車のように回転しながら展開されていく。引き金を引くと、着弾した場所から影が水面の下へと広がった。
「ガレス」
名前を呼ばれたガレスが、エリスを盾で振り払う。彼女が一歩引いた隙に、盾の下端が地面へ叩きつけられた。
「無属性魔法――イウス・フラクチャー」
衝撃が足裏を突き上げ、水面が跳ねた。伸ばした影のすぐ先で地面がせり上がる。縁が砕け、口を開けた裂け目へ水が流れ落ちていった。影の盤面が、そこで途切れる。
その向こうにはレギウスの炎が揺れていた。残った地面を伝わせようにも、炎が行く手を塞いでいる。さらに亀裂が枝分かれし、足場ごと影を切り離していく。
……第十席との戦いを見ていたのね。今までの試合で見せた手は、対策されていると考えた方がよさそうだわ。
エリスが一気に踏むこむ。二元撃の剣閃が重なり、金属音とともに盾の下端が浮く。地面を走っていた亀裂が止まる。
「私の剣は、必ずレギウスの眼前へと突きつけます」
「では私を殺すことです」
ガレスが身を屈めた。その肩越しに、小さな光が走る。エリスの剣が跳ね上がり、チュンッと雷撃を切り落とした。
落ちた光が、水面を走る。
エリスの全身が跳ねた。肌を這い上がる雷が弾け、焦げた匂いが鼻を刺す。剣を握った腕にも、細い光が絡みついていた。
「あなたは反応がとても早い。ですからレギウス様が放ったその雷撃を、必ず切り落としてしまう」
エリスは剣を離さなかった。目を細め、短く息を吐く。
バチッ――全身にまとわりついていた雷が、弾け飛んだ。
レギウスの視線が、私からエリスへと移った。眉間に皺を寄せ、雷の消えた彼女の身体を見ている。
「……なに? 今のはなんだ」
そう、彼は知らないのね。エリスが反魔法を使えること。
でも、人間の器で使える範囲と時間には限りがある。私と同じようには使えない。だからエリスがたどり着いたのは、一瞬だけ起動すること。今も雷を弾いたところで、反魔法を止めている。
「私はこの程度じゃ止まりません。小細工で沈むほど私の覚悟もこれまでの経験も浅くはありません。私は勝ちます。イルナさんと、第零席に座るためにっ! 相手取るなら本気で来てくださいレギウス!」
「呼び捨てとは。いい度胸だ。アッシュがスローネなど許されない」
会場の空気が一変した。重く張り詰めた魔力に、肌が粟立つ。嵐のただ中へ放り込まれたようだった。
レギウスの背中で、大剣の装飾が光を帯びる。そこから魔法術式が展開されていく。私へ向けた長槍は下ろさないまま、彼は呟いた。
「第七階梯魔法術式――レガリア・アーセナル」
ガレスへ踏み込もうとしたエリスの前に、雷の槍が突き刺さった。彼女が足を止める。その頭上を、巨大な炎の大剣が赤く照らした。
熱に頬を炙られながら視線を巡らせると、決闘場を取り囲む水の精霊が見えた。足元では木の根が地面を突き破っている。伸びた先端が矢の形を取り、一斉にエリスへ放たれた。
エリスの剣がそれを切り刻む。けれど、地面へ落ちた破片から細い根が伸びた。砕けた数だけ新しい矢が育ち、再び彼女へ襲いかかる。
剣を返して、さらに斬る。その足元へまた破片が散っていく。エリスが歯を食いしばった。
白い光が彼女を照らす。地面に突き立っていた雷槍がエリスへと向かい、頭上の炎の大剣も落下を始めた。轟音が、矢を弾く音をかき消していく。
……だめね、私。相手がフィアナと同じくらい強いかもしれない。禁忌階梯魔法に備えて、魔力を温存しなければ。そんな警戒ばかりで、エリスに任せっきりじゃない。
下僕として、私がするべきことは何かしら。
「第七階梯魔法術式――エクリプス・ディスインテグレーション」
マスケット銃を構える。赤と青の魔法術式が同時に展開し、互いの隙間を通って回転した。引き金にかけた指先だけが、やけにはっきりと感じられる。落ちてくる炎の大剣まで、止まって見えるほどに。
――引き金を引いた。
襲いかかっていた水の精霊が凍りつく。その足元を抜けた影が地面へ広がり、隠されていた魔法術式を剥ぎ取っていった。浮き上がる紋様を龍の反魔法が走り抜け、光の線が次々と砕け散る。
露わになった地面を、太陽の熱が焼いた。水面が一瞬にして蒸発し、エリスへ伸びかけていた木の根も、灰すら残さず消えていく。崩れた足場を氷が覆い、噴き上がった白い蒸気まで凍りついて光を散らした。
その向こうに、剣を握るエリスが見える。もう、足元から彼女を狙うものはない。
地面に仕込まれた全ての魔法術式を、私の龍は破壊した。
「エリス」
「第七階梯魔法――ソラリス・フォール」
風圧が髪を巻き上げた。天井を背に、太陽が浮かぶ。その光が決闘場を満たすなか、エリスへ迫っていた雷槍の軌道が曲がった。
槍先が頭上を向く。落下していた炎の大剣も、宙で止まった。剣の縁から炎が上へと流れ、巨大な刀身までもが持ち上がっていく。砕けた魔法術式の光、輝く氷の粒、焦げた炭。
全てが落ちていく。雷の槍も、炎の大剣も。天井に浮かぶ、あの太陽へ。
光の中へ兵装が消え、太陽だけが頭上に残った。あれがこのまま落ちてくれば――まるで、終焉を見上げているようだった。
レギウスが呟く。
「思ったよりも早かったな。仕方がない。こちらも早めるとしよう――ガレス」
「はっ。仰せのままに」
エリスの目の前にいたはずのガレスが……視界から完全に消えた。レギウスを守るはずの盾が消えてしまった。




